広島県呉市で、日本製鉄の製鉄所跡地を防衛省が買収し、新たな防衛拠点をつくる計画が浮上している。海上自衛隊のある基地の街だが、地元住民にとっては寝耳に水。自治体も唐突な話に困惑する。計画に反対する市民団体が結成されるなど、戦艦大和を生んだかつての軍港都市は揺れている。(岸本拓也)

◆製鉄所跡地を「すべて買い取り」

 「このままでは市民に十分な説明もなく、防衛省の計画にのまれてしまう」  防衛省の計画案に反対する市民団体「日鉄呉跡地問題を考える会」共同代表の西岡由紀夫さん=呉市=は25日、取材に危機感をあらわにした。

防衛省

 防衛省が計画案を公表したのは3月4日。防衛省の担当者が県と市を訪れ、昨年9月に閉鎖した日本製鉄の瀬戸内製鉄所呉地区の跡地全てを買い取って「多機能な複合防衛拠点」として整備したいと申し入れた。

◆すでに基地がある「地理上の利点」

 防衛省の説明によると、拠点整備は「防衛力の抜本的強化」のため。約130ヘクタールに及ぶ跡地を国が一括で買い取って、(1)装備品などの維持整備や製造(2)ヘリポートなどの防災拠点と、艦艇の配備や訓練場といった部隊活動(3)港湾―の三つの主な機能を持つ拠点にする想定という。火薬庫の整備も検討するが、具体的な設備案や整備時期は明らかになっていない。  3月の呉市議会に出席した防衛省地方協力局の村井勝総務課長は、呉地区を選んだのは地理上の利点からと強調。すでに海自呉基地があり、陸上自衛隊海田市駐屯地(広島県海田町)や、米軍と海自が共同運用する岩国基地(山口県岩国市)などが近い点を挙げ、「太平洋や日本海、南西方面へのアクセスが容易で、今後、呉地区の重要性は増大していく」と述べた。

◆中国を念頭に「西日本全体を強化」

 軍事ジャーナリストの小西誠氏は、中国を念頭に九州南端から台湾へと連なる南西諸島で自衛隊の体制を強化する「南西シフト」の一環とみる。「京都の陸自祝園(ほうその)分屯地に新たな弾薬庫をつくる計画もそうだが、西日本全体が(必要な物資や人員を後方支援する)兵たん拠点として強化されている」とし、「将来的に、呉を艦船の修理・補給拠点として米軍が利用することもありえる」との見方を示す。

海上自衛隊呉基地で行われた練習艦隊の入港歓迎行事=2023年(防衛省ホームページから)

 防衛省は年内にも跡地につくる施設の配置案を示す考え。日鉄側も「防衛省案は当社方針に合う」と交渉に前向きだ。ただ、日鉄は、防衛省案以外の跡地活用策を検討する県市との3者協議に加わらず、湯崎英彦知事が「地域のことを無視しないでほしい」と不快感を示すなど不協和音も生じている。一方、市議会や地元経済界などは防衛省案に前向き。「考える会」は、今月28日の市議会で防衛省案へ賛成を表明する可能性もあると懸念している。

◆平和都市を目指す「戦後の流れに逆行」

 3月の計画浮上後、反対集会を開き、日鉄に跡地売却の中止などを求めてきた「考える会」。市にも、市民の声を直接聞く説明会などの機会をつくるよう求めているが、市は後ろ向きな対応に終始する。日鉄跡地は、戦前は戦艦大和も造られた海軍工廠(こうしょう)で、何度も激しい空襲を受けた。西岡さんは「兵たん拠点が相手の攻撃の標的になるのは、軍事の常識」と訴える。  1950年施行の旧軍港市転換法(軍転法)で、呉市を含む旧日本軍の軍港4市は平和都市の建設を目指してきた。だが2025年3月には、海自呉基地に陸海空自衛隊共同の新部隊「自衛隊海上輸送群」の司令部も設置される。そんな中の今回の計画に、西岡さんは「呉基地の約1.5倍の面積がある製鉄所跡地が新たな防衛拠点となれば、戦後の流れを逆回転させることになる」と危機感を募らせる。 

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。