海外の主要都市からの定期便などが就航する羽田空港。東大などのチームは7月にも空港施設の下水などの調査を始める=東京都大田区で

 下水中のウイルス量を調べて感染流行状況を把握する「下水疫学調査」は、新型コロナ禍を機に注目が高まりました。コロナが5類に移行し、人の行き来が盛んになる中、実用化をさらに進めようと新たな動きが出てきています。東京大などの研究チームは7月にも、羽田や成田などの国際空港で下水に含まれる病原体の調査を始めます。次のパンデミック(世界的大流行)を見据え、水際での監視体制を整え、感染症の流入の早期察知につなげたいとしています。 (榊原智康)

◆見張り

 「われわれの技術が役に立つのは『次への備え』だと思っている。(大流行が)起こってからやり始めるのではなく、平時から社会実装しておくことで初めてパンデミックに備えることになる」。東京大と島津製作所、塩野義製薬は5日、社会連携講座「国際下水疫学講座」を同大内に開設しました。設立発表会の記者会見で島津製作所の的場俊英常務執行役員は、こう強調しました。  両社は2022年に合弁会社「AdvanSentinel(アドバンセンチネル)」を設立し、下水調査などを推進しています。塩野義製薬の小林博幸イノベーションフェローは会見で、インバウンド(訪日客)の増加を踏まえ「どんな感染症が国内に入ってきているのか分からない状況では、今が平時なのか判断できない。『見張り』となる手段が必要だ」と訴えました。  同講座は、下水疫学調査の社会実装を目指します。新型コロナやインフルエンザなどの分析は既に実用レベルにあります。空港での下水調査などを通じ、新たに熱帯・亜熱帯地域で流行するデング熱、マラリア、ジカ熱などのほか、エムポックス(サル痘)や薬剤耐性菌などの病原体の分析に取り組みます。

◆確立

 東大などの研究チームによる空港での下水調査は日本医療研究開発機構(AMED)の研究事業として進められ、大阪大やアドバンセンチネルなどが参加します。対象空港は羽田、成田、中部、福岡、那覇など6空港(残り1空港は場所を明らかにしていない)。まず昨年秋に那覇で試行し、羽田、成田、福岡が続く形です。中部は開始時期について調整を進めています。  チームの代表を務めるのが、東大の国際下水疫学講座の北島正章特任教授(環境ウイルス学)です。調査では、北島さんらが塩野義製薬とともに共同開発したウイルスの検出技術を活用します。

東大など研究チーム

 空港ターミナルから出た下水や航空機からの排水を採取。週1回から月1回の頻度でPCR装置や次世代シーケンサーを使って分析します。新型コロナの新たな変異株なども検出できるといいます。国内で流行していない病原体が確認された場合は、厚生労働省など関係機関と情報共有し、空港での検疫を強化することなどを想定しています。  一方、関西空港では、東大などのチームとは別に大阪公立大が昨年10月から同様の手法で下水調査を進めています。  来年4月には大阪・関西万博が開幕し、約350万人の海外客が訪れることが見込まれています。北島さんは、世界的な動きとして空港での下水調査体制の拡充が進んでいるとし「国際的にデータを共有するためにも、日本も早急に体制を確立する必要がある」と指摘します。  コロナ禍で下水調査は加速しました。2022年には内閣官房が地域の下水処理場などを対象に実証事業を実施し、神奈川県や浜松市など全国の26自治体が参加しました。  実証事業に先立ち、札幌市は20年5月からコロナの調査を開始。流行状況を示す指標としてホームページ(HP)で公開してきました。2年間のデータを解析したところ、下水中のウイルス濃度は北海道大病院(同市)の新規感染者数と高い相関を示しました。北大在籍時にこの解析にあたった北島正章・東京大特任教授は「下水調査が医療機関における感染者数を推定するツールとして有用だと証明できた」としています。  実用化に向け、関係団体の組織化も進みました。22年5月に産学連携の推進を目指す「日本下水サーベイランス協会」が発足。23年8月には下水調査に取り組む石川県小松市、札幌市、兵庫県養父市が参加する「全国下水サーベイランス推進協議会」が設立されました。ただ、予算の問題から、内閣官房の実証事業の期間終了とともに調査を取りやめる自治体も出ています。現在も独自で調査を続けている自治体は10未満とみられるといいます。  北島さんは「下水調査の有用性について理解は進んだが、国レベルでの社会実装には費用面がネックになっている。国から自治体への支援が継続的な形で確保できるよう働きかけを進めていきたい」と話しています。


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