初期の火星のイメージ。30億年以上前の火星には海もしくは湖が存在し、大気中では有機物が一酸化炭素からつくられ地表に積もっていたとみられる © Lucy Kwok

 東京工業大などの研究チームは、約30億年前の火星では、大気中の一酸化炭素(CO)から有機物が大量につくられて地表に積もったとの研究成果を発表しました。誕生初期の地球でも、同じ反応が起こっていたと考えられるといいます。有機物は生命の材料です。チームは、地球で生命がどのように生まれたのかという謎を解く手掛かりになる成果だとしています。 (増井のぞみ)

●独特な炭素

 米国の火星探査車「キュリオシティ」の研究チームは2022年、火星の有機物に含まれる炭素は、地球のものとは異なる特徴があると報告しました。炭素には、通常の炭素12と少し重い炭素13があります。火星の有機物は、地球や隕石(いんせき)に含まれる有機物と比べて、炭素13の割合が極端に少なかったのです。  この有機物はどうやってできたのでしょうか。チームが実験と計算の両方で調べたところ、太陽光の紫外線により二酸化炭素(CO2)が壊れると、炭素13の割合が小さいCOが生成することが分かりました。  実は、現在の地球や火星でも、同じようにCOができていますが、酸素と反応して再びCO2に戻っています。しかし、初期の火星や地球では、大気中の酸素が非常に少なかったので、CO2に戻れませんでした。COは、水素や窒素などと反応して有機物になり、雨に溶けて地表に積もったと考えられます。

◆想定外の量

 チームは、CO2の最大20%がCOを経て有機物になったと試算しました。代表の上野雄一郎・東工大教授(地球化学)は「有機物が空から降ってくるとは想定していなかった。しかも最大見積もりで20%。自分自身も信じられないぐらい」と驚きを口にします。  初期の火星には液体の水(海または湖)があり、雨も降っていたと考えられています。当時の堆積物の中から見つかった有機物は、微生物などの生命活動によってつくられた▽宇宙から隕石で飛来した▽無機的な化学反応によってつくられた-などの説が出されていました。  上野さんは「今回の研究で、大気中の光化学反応でつくられたことが有力になった」と結論しました。一方、火星の生物については「空から降ってきた有機物をえさとして食べる生物がいた可能性も捨てきれない。光合成する生物はいなかっただろうけれども、別の代謝(生体内で起こる物質の合成や分解などの化学反応)を行う生物がいた可能性は否定できない」と話します。

◆はやぶさ2

 地球で生命の材料となった有機物は、地球で生まれたのか、宇宙から飛来したのかは分かっていません。日本の探査機「はやぶさ2」が20年に持ち帰った小惑星りゅうぐうの岩石には有機物のアミノ酸が含まれており、「宇宙説」の後押しとなりました。  一方で、今回の研究成果は、「地球説」を補強するものといえます。上野さんは「初期の火星や地球で生命発生に必要な有機物が毎日供給されていたと考えられる。これは生命の誕生にとって重要な一歩になったはずだ」と強調します。  生命の起源を長年研究する小林憲正(けんせい)・横浜国立大名誉教授(宇宙生物学)は「昔の地球や火星で生命の材料ができた可能性が広がる」と評価します。ただし「DNAのもととなる核酸の主な材料は隕石から見つかっており、隕石がたくさん運んできた可能性がある。アミノ酸には立体的な構造が異なる『右手型』と『左手型』があるが、生命が使う左手型が隕石で多く見つかっており、宇宙の方が分がある」とも指摘しています。

◆宇宙に多く存在

5千光年かなたのブーメラン星雲。星雲(紫色)の中に一酸化炭素ガスの広がり(オレンジ色)が捉えられているALMA(ESO/NAOJ/NRAO);NASA/ESA Hubble; NRAO/AUI/NSF 提供

 初期の火星の大気中で有機物をつくり出していたと考えられる一酸化炭素(CO)。宇宙で水素の次に多く存在する分子とされています。水素は微弱な光しか放たず観測しにくいので、天文学者が星の材料を探すときはCOが放つ電波を観測することが多いといいます。小林憲正・横浜国立大名誉教授は「COは星雲や彗星(すいせい)で見つかっていて、生命のない特徴と考えられてきた」と説明します。COはガスが不完全燃焼したときに出る有毒ガスとして知られます。毒性が強く、吸い込むと中毒症状を起こし、重症化すると死に至ることもあります。小林さんは「生命と真逆なCOが、生命の材料となる有機物をつくるのに重要というところが面白い。これまで惑星では、メタンが有機物をつくったと言われてきたので、COが多量にあり、それから有機物ができたという説は新しい」と今回の研究のポイントを語りました。


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