能登半島地震で被災した石川県は20日、復興プランの素案を公表した。盛り込んだ一つが、災害時のマイナカード活用。「こちら特報部」が繰り返し問題視してきた試みだ。マイナカードは携帯していない人が多い上、能登の地震でも活用を巡って悶着(もんちゃく)が生じた。もう頓挫したと思いきや、素案では「有効」と太鼓判が押された。しぶとく復活するのはなぜなのか。(森本智之、山田祐一郎)

記者団の取材に応じる石川県の馳浩知事

◆プラン素案で「有効」と太鼓判

 「災害時に被災者・避難所等の状況を把握するためには、マイナンバーカードの活用が有効と考えられます」。石川県が20日に発表した「創造的復興プラン」(仮称)の素案では、13ある重点施策の中に「奥能登版デジタルライフラインの構築」が盛り込まれ、冒頭の文言が入った。  素案は、3月にまとめた骨子案に県民や有識者のヒアリング結果を踏まえて練り上げた。県創造的復興推進課の担当者は「県民の意見をしっかり聞くことが大事だと考えた」と言い、特に被害の大きかった能登6市町と金沢市で計7回のヒアリングを行い、オンラインでも意見を募った。

能登半島地震復旧・復興本部会議=20日、石川県庁で

 13の重点施策のうち、都市に住む人らが能登地域にも生活拠点を持つ2地域居住は「能登から避難を余儀なくされているが、復興に携わりたい」といった避難者の意見を受けて盛り込んだ。「能登の『祭り』の再興」なども同様だ。

◆避難所ではSuicaで代用

 地域の特色を大切にした施策の数々。そんな中でマイナカード活用は異色だ。東京都立大の山下祐介教授(社会学)は「被災者が今困っていることを何とかするのが復興計画で、マイナカードはここに書く必要があるのか。非常に唐突だ」と違和感を隠さない。  年始の能登半島地震で浮き彫りになったのは、マイナカード活用の限界だったはずだ。「こちら特報部」も2月にそう報じた。
 2月8日「こちら特報部」 河野太郎氏「マイナカード持って避難」に能登から沸き上がる疑問 政府が「Suica」を配った理由  河野太郎デジタル相は地震発生当初から、避難者に「マイナのススメ」を説いた。県も避難所にたどり着いた被災者を把握するためにカードを活用したかったというが、普段から持ち歩かない人が多く、JR東日本の交通系ICカード「Suica(スイカ)」で代用した。2月の取材時、県デジタル推進課の担当者はこうした経緯を明かし、将来的な利用についても「具体的には何も決まっていない」としていた。  にもかかわらず、馳浩知事は3月28日に経済産業省で開かれた「デジタルライフライン全国総合整備実現会議」の提出資料で、災害時のマイナカード活用を打ち出し、避難所でカードを読み取れば安否確認や名簿作成が迅速化されると強調していた。そして5月の復興プランの素案では「有効」と太鼓判を押した。

◆県担当者「住民側でなく行政側のニーズ」

 なぜ復活したのか。どんな理屈なのか。  県デジタル推進課の別の担当者は「Suicaを使った際には、名前や住所を被災者に書いてもらい、タイプして入力した」と手間の問題を口にした一方、「被災時は行政側はマンパワーが限られる。うまくいかなかったが、やはり理想は手間のかからないマイナンバーカード。今回の震災で実現できなかった課題を将来的に解決したいということで素案に入れた」と述べ「住民側ではなく、行政側のニーズ」とも説明する。  とはいえ、今回の地震で浮かんだ限界が消え去るわけもなく、「県民にどうやってカードを普段から持ち歩いてもらうか」という肝心の課題については「具体案はなく、これから考える」と述べるにとどまった。

◆「携帯していなければ机上の空論」

 被災者の状況把握は確かに重要な作業だ。  元神奈川県逗子市長で龍谷大の富野暉一郎名誉教授(地方自治)は「災害時は、どこにどれだけ被災者がいて、どんなニーズがあるかを迅速に把握することが求められる」と述べ、支援策などを判断する上で基礎的な情報になると説く。  能登半島地震の際、政府は普及率が7割を超えるマイナカードが役立つと期待したが、実際には多くの被災者が携帯しておらず、活用の限界を露呈した。「多くの人が取得していても、現実問題として携帯していないのであれば機能しない。便利だ、有効だというのは机上の空論でしかない」

◆自民党が旗振り役、政府も歩調合わせる

 旗振り役の馳知事が衆院議員時代に公認を得たのが自民党。彼らも活用に前のめりになる代表格だ。

自民党の機関紙「自由民主」のコピー

 党機関紙「自由民主」の3月19日号では、党のプロジェクトチームが昨春、災害時のマイナカードの有用性を訴え、政府に実証実験を提言したと紹介。今年初めの能登半島地震については「十分なカードの読み取り機を確保できなかった」とさらりと触れた一方、この限界があらわになっても、2月にあった政府の実証実験で避難所の入所手続きなどで時短効果があったとし「行政にも被災者にも有効」と改めて強調した。  政府側も歩調を合わせており、河野デジタル相は同月の会見で「防災についてカードを使う仕組み、アプリの開発がいろいろなところで進んでいる。デジタル庁としても協力していきたい」と述べた。

◆災害時のビッグデータ狙い?

 異様にも思える固執ぶり。名古屋大の稲葉一将教授(行政法)は「災害時の利用履歴は誰の何のための情報なのか。医療情報と同様の疑問を抱く」と問う。

マイナンバーカード受付専用機の説明を受ける岸田首相(中央右)=山形県酒田市で

 既に防災デジタルトランスフォーメーション(DX)を掲げ、多数の自治体や民間企業が参加する官民協議会が設立され、マイナカードを活用した防災対策を模索する動きがある。「災害の多い日本でのビッグデータの収集に躍起になっている。外資系企業も参加しており、海外からのデータのニーズも高いのだろう」  そう語る稲葉氏は疑問を呈する。「災害時のデジタル導入は本来、被災者の人権の保護や1人でも多くの人命を救うことが目的のはずだ。その手段の一つでしかないマイナカード活用が目的化している」

◆「馳知事は被災の実態が見えていないのでは」

 本来なら、被災経験から浮かび上がった課題を検証した結果として、次の災害対応が求められるはずだ。  石川県の場合、能登半島地震の初動対応をはじめ、広域避難や孤立集落対策などを検証する方針を馳知事が明らかにしたのは今月21日。これに先駆ける形で、災害時のマイナカード活用が打ち出された。  東京女子大の広瀬弘忠名誉教授(災害リスク学)は「馳知事が、災害時にマイナカードが『有効だ』と評価したということなら、被災の実態が見えていないのではないか」と指摘する。

◆危うい「デジタル万能論」

 「能登半島地震で、ライフラインが切断されている状況下で、実際にどれくらいの人がカードを持ち出したのか。持っていたら避難先でどのような使い方ができたのか。まずそれを検証しなければいけないはずだ」と訴え、政府や自民党の方針をうのみにするような「マイナカードありき」の対応を疑問視する。  他県にとっても、災害対応は重要なテーマだ。安易なデジタル万能論を広瀬氏は危ぶむ。  「マイナカード導入は、自治体業務の効率化、人員削減のために急がれる面もあるが、災害時に必要となるのは人の手だ。平時からマンパワーを削り、緊急時に支援が届かなくなれば、災害弱者がリスクにさらされることになる」

◆デスクメモ

 次の災害でマイナカードを避難所で使えば混乱は必至だろう。不携帯者が殺到して従来の対応が必要になる一方、地震に伴う機器の故障や停電復旧の対応で従来以上の負担が生じる。なのに限界を省みない自民党。石川以外にも及びうる危機。現実になる前に政権から降りてもらわねば。(榊) 

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