能登半島地震は、牛乳の消費低迷や飼料価格の高騰で逆風下にあった酪農の苦境に追い打ちをかけた。廃業か、事業継続か。行政の支援策が十分でない中、牧場主たちの悩みは深い。(井上靖史、上井啓太郎)

◆「もう少し酪農を取り巻く環境が良ければ」

 「牛が満足するだけの水を飲ませられなかった」。石川県能登町の標高100メートルを超す丘の上で畑中直樹さん(42)は、悔しそうに話す。10ヘクタールの土地で、乳牛45頭を飼育していた「畑中牧場」は廃業することにした。

飼育していた乳牛を移動させる畑中直樹さん。地震を契機に廃業を決めた=石川県能登町宇加塚で

 元日の地震で牛の育成舎と2棟の堆肥舎が全壊。搾ったミルクを冷やす装置は壊れ、牧場と井戸水をくみ上げるポンプ小屋をつなぐ200メートル弱のパイプが破断した。川の水をくみ、給水車の支援も受けて急場をしのごうとしたが、確保できたのは必要量の4分の3ほど。1月下旬、井戸が復旧したころには、牛が病気になっていたという。  地震前から、経営は厳しかった。飼料価格は、ロシアによるウクライナ侵攻や円安で「4〜5年前の1.5倍くらい」に高騰し、1年ほど前から赤字に陥っていたという。  被災した酪農家に対する支援策では、畜舎の再建などにかかる経費の9割が補助されるメニューがある。だが、畑中牧場は修繕に総額2000万円以上が見込まれる。たとえ1割負担でも、赤字が続くような状況では厳しい。  石川県酪農業協同組合によると、県内の30軒ほどの酪農家のうち、地震の影響で畑中牧場より先に1軒が廃業。牛舎の倒壊などで能登地方の2軒が休業している。畑中さんは「みなさん相当苦しんでいる。もう少し酪農を取り巻く環境が良ければ」と、同業者たちをおもんぱかった。

◆継続選んだ西出穣さん 公的支援「減額」の仕組みに首ひねる

 同じ能登町で、牧場を続けていくことを選んだ西出穣(みのる)さん(36)も悩みは深い。

牛に収穫した牧草を与える西出穣さん。地震後も事業を継続するが悩みは尽きない=石川県能登町鶴町で

 経営する「西出牧場」は建物の被害は少なかった。1月10日から地下水が使えるようになり、生乳の出荷も再開できた。現在は搾乳できる32頭と子牛を飼育する。ただ、牧草地は地割れが多くあり草刈り機で草を刈る作業に例年の2〜3倍時間がかかる。「従来のようなやり方はなかなかできず大変」  県産牛乳が、需要に応えられなくなることを危惧する。これまでは手厚い世話ができなくなることを心配して飼育頭数を増やすことには消極的だったが、牛舎の修理に合わせ10頭ほど増やす検討をしている。  だが、現在の公的な支援制度では、地震被害の修理や建て直しであれば費用の9割が補助されるが、増設や新しい設備の導入をすると補助率は5割に下がる。西出牧場では5年前に新型の設備を入れていたが、搾乳器などの機器は日々進歩している。  「この地震を機に、効率のいい能登の酪農を目指さなくてはいけない」と考える西出さんは「古い設備で作り直すことになる酪農家が出てくるのでは」と懸念している。 

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