自衛隊基地の建設が進む鹿児島県西之表市の馬毛島。工事による樹林や草地の減少で動植物への影響が懸念される中、防衛省は島に生息するニホンジカの亜種とされる「マゲシカ」の推定個体数は「減少していない」とする調査結果を公表した。数値だけをみると、むしろ「大繁殖」しているように見え、専門家からは疑問の声も上がっている。(岸本拓也)

◆「ほんまかいな」と専門家は首をひねる

 「ほんまかいな、というのが率直な感想だ。分からないことが多すぎて否定する材料もない」  マゲシカの生態に詳しい北海道大の立沢史郎特任助教(保全生態学)は、防衛省が4月末に公表した推定結果について、悩ましげにこう感想を語った。

マゲシカの保全措置を示した地図(防衛省の資料より)

 種子島から西に約12キロ離れた馬毛島では、米軍空母艦載機陸上離着陸訓練(FCLP)移転を伴う自衛隊基地の建設工事が昨年1月から始まった。島には千年以上前からすみ着き、環境省のレッドリストで「絶滅のおそれのある地域個体群」に分類されるマゲシカが生息。西之表市など地元自治体や専門家などは、工事で餌場の草地や樹林の多くがなくなるため、保全措置を求めてきた。

◆着工後初の実態調査を公表し「保全措置は適切」と

 防衛省は昨年1月に公表した環境影響評価(アセスメント)で、島の一部に草地や樹林を残す保全区域を設けると説明。併せて4年程度とされる工事期間中と、基地供用後の3年程度は、マゲシカの個体数の実態調査を毎年続けるとし、今回、初めて着工後の結果を明らかにした。  それによると、昨年4月~今年1月、開けた場所での8人体制による目視や、見通しの悪い樹林での13台のセンサーカメラを使った調査で、1000~1200頭のマゲシカが生息していると推計した。昨年の環境アセスでは、同じ手法による調査で、推定700~1000頭としていた。  防衛省の担当者は「個体数は減少していないと推定され、保全措置は適切」と結果を評価した。だが、先の立沢氏は「数字の独り歩きは危ない」と懸念する。シカの生息密度や増加率に疑問を感じるからだ。

馬毛島に生息するマゲシカ=2016年12月10日、鹿児島県西之表市で(沢田将人撮影)

 立沢氏によると、防衛省の調査結果を基に馬毛島(約8.5平方キロ)の1平方キロ当たりの生息数を試算すると、約150頭になる。「これは奈良公園でシカが集まっている場所と同じくらい。数字が本当なら馬毛島のどこもシカだらけとなるが、(上空からの)最近の写真をみると、わらわらとシカがいる状況には見えない」と首をかしげる。  アセス時と比べたシカの増加率も約30%に上る。「これは記録されているニホンジカの最高記録並み。島の樹林や草地がなくなっている中で、栄養状態がものすごくいいことになる」

◆伐採された枝葉を餌に繁殖していたら…今後が心配

 ただ、大繁殖の可能性はゼロではないとも。「この1年は伐採された森林の枝葉が島内の谷に投げ込まれ、大量の餌が供給された可能性もある」としつつ、「もしそうだとすると、今後は逆に餌がなくなって、シカの大量死が起きる恐れもある。何か対策を立てないと」と話す。  シカの生育環境は、シカの雄雌の比率や、子ジカの比率、死骸などからある程度推測ができるという。しかし、防衛省は調査結果の概略を1枚紙で示したのみで、個体数の推定プロセスや、詳細な調査内容は明らかにしていない。  立沢氏は「基地建設に賛成、反対の立場を超えて、地元の人たちは『宝の島』のマゲシカのことを心配している。防衛省は、地元や国民の信頼を得るために、きちんと情報を公開して研究者など第三者に検証の機会をつくるなど、オープンな対応をしてほしい」と呼びかける。 

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。