三重県・津地裁の判事が近く、国を相手に訴訟を起こす。裁判官の給与が勤務地によって減るのは違憲という主張だ。現役の裁判官が国を訴えるのは極めて異例。一体、何があったのか。(曽田晋太郎)

国を提訴する意向を明らかにした津地裁の竹内浩史判事

◆東京23区の支給率が最も高い「地域手当」

 訴えを起こすのは、津地裁民事部の部総括判事(裁判長)を務める竹内浩史氏(61)。先月、名古屋市内で記者会見し、津地裁に転勤して給与が減ったのは裁判官報酬の減額を禁じた憲法に違反するとして、減額分の約240万円の支払いを国に求め、名古屋地裁に提訴する方針を明らかにした。憲法80条2項は、地裁や高裁など下級裁判所の裁判官は定期に相当額の報酬を受け、在任中減額できないと定めている。  給与が減った構造として竹内氏が問題を指摘するのは、国家公務員の「地域手当」だ。主に民間賃金の高い地域に勤める人にのみ支給され、支給率に最大20%の差がある。基本給などの月額に支給率を掛けた額が地域手当として支給されるが、支給割合は地域別に7区分あり、最も高いのが東京23区の20%。次いで大阪市や横浜市などの16%、さいたま市や千葉市、名古屋市などの15%と続く。津市は7区分中2番目に低い6%となっている。

◆大阪時代と比べて…

 竹内氏は大阪高裁、名古屋高裁を経て、2021年4月に津地裁に赴任。この結果、23年度までの過去3年間で給与は、大阪時代と比べて約240万円減ったと主張している。  竹内氏は「こちら特報部」の取材に「裁判官は大体3年に1回は転勤する。裁判所法で認められている転勤拒否権を放棄して異動しているのに、昇給などの手当てもなく給料が減らされるのは極めて不合理だ」と訴えた。  記者会見後の反響も多いそうだ。交流サイト(SNS)を中心に「私もおかしいと思っていた」「理不尽だ」といった不満の声が多数寄せられているという。  ある自衛官は「同じ県内の基地なのに地域手当に差があるのはなぜか」と疑問を呈した。出身地の愛知県内の同級生からは「公立病院でも医療従事者が地域手当の支給率が高い市に流れ、低い市で人手不足が起きている」と聞いたという。

最高裁判所(資料写真)

◆地方公務員にも同様の仕組み

 地域手当の仕組みは、裁判官のような国家公務員だけでなく、地方公務員にもある。総務省は、地方公務員の地域手当について、自治体側に「国の指定基準に基づき、支給地域、割合を定めることが原則」との通知を出しており、昨年4月1日時点で全国の約4分の1に当たる468自治体が地域手当を支給している。  竹内氏は地域手当について「都会と地方の格差を広げる問題をはらんでいる。そもそも支給率の設定根拠が不透明で、同じ都府県内でも都市間で差があるのもおかしく、制度に無理がある」と主張。「裁判官も地方勤務で待遇への不公平感から辞める人が相次いでいる」といい、「特に地方で働く裁判官や公務員の先頭に立って訴訟で問題提起したい」と話す。  今回の竹内氏の提訴方針について、最高裁広報課は「コメントは差し控える」とした。  元裁判官の木谷明弁護士は、地方勤務も経験した自身の判事時代を振り返り「地域手当にどこまで合理性があるか疑問はあった。現在の最大20%の差はありすぎだと思う。不合理であることは間違いない」と指摘。「裁判官でも、ほとんど転勤がなく、転勤してもすぐ東京に戻ってくる人と、そうでない人の差はあり、待遇に不満が出るのはもっともだ」と解説する。地域手当の差による給与減が違憲かどうかについては「難しい判断で、うかつなことは言えない」とした。 

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