総選挙を迎えたロンドンの街は高揚感もなく静かだった(7月4日、同市内の投票所)=ロイター

「退屈な指導者」との形容は否定的な意味ばかりではない。14年ぶりの政権交代を巡る高揚感は思ったほど伝わってこなかった。退屈と評される英労働党党首、スターマー首相の登場である。

英総選挙があった7月4日。最低気温11度、夏にしては少し肌寒いロンドンにいた。投票の模様を報じる英BBC放送の記者たちには熱気が感じられたが、街の様子は総選挙があったことも、これから政権交代があることも、わからないほど静かだった。

背景に「ポピュリズム疲れ」

指導者へのレッテル貼りには意図がある。退屈を肯定的にいえば「安定感がある」「落ち着いている」に言い換えられる。あの日のロンドンの街の静寂は、移民排斥と保護主義が覆う欧州のポピュリズム(大衆迎合主義)と一線を画すスターマー首相の船出にはふさわしかった。

保守党政権の14年間はポピュリズムに傾き、政治的な混乱を繰り返した。欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)に象徴される決断は経済発展に取り残された英国の断面を浮き彫りにした。今回の政権交代を「ポピュリズム疲れ」が後押ししたのは間違いない。

同時期にあったフランスの国民議会選挙は事前の予想と異なり、極右政党が伸び悩んだ。ポピュリズムと重ねられる極右政党への嫌悪感が背景にあるとみられた。

「ポピュリズム疲れ」には周期めいたものがある。2019年の英総選挙はジョンソン首相率いる保守党がサッチャー氏以来の大勝。労働党はスターマー首相の前任コービン党首の急激な左傾化により、歴史的な敗北を喫し、反転の兆しが全くみえなかった。

スターマー首相の出現が欧州のポピュリズムの転機になるのかは、予断を許さない。労働党の得票率は前回19年の総選挙から1.6ポイントを上積みしただけ。小選挙区制がもたらした「なだれ現象」だった。ドイツに目を転じれば、極右政党にはなお勢いがある。

安定感失ったバイデン氏の撤退

米国は「退屈な指導者」の退場が決まった。現職大統領バイデン氏は7月21日、24年大統領選からの撤退を表明した。20年には、自国優先のポピュリストと称されるトランプ氏再選に待ったをかけた。今回もいったん民主党の候補に固まっていた。

それが6月27日の第1回候補討論会で言葉に詰まるなどの失態を演じて以降、民主党内で退陣論が加速し、はね返せなかった。退屈だから辞めざるを得なかったわけではない。81歳という加齢に伴う衰えで退屈と表裏である安定感が損なわれたからだ。

バイデン氏に代わって民主党の大統領候補に指名されるハリス副大統領はトランプ氏との対立軸がより明確だ。

ハリス氏はサンフランシスコの検察官やカリフォルニア州の司法長官を務めた自身と、不倫の口止め料を巡って5月に有罪評決を受けたトランプ氏の選挙戦を「検察官と犯罪者」の対決にたとえた。バイデン氏の退屈VSトランプ氏の非退屈の構図を一変させた。

米CNNの世論調査によると、支持率はトランプ氏の49%に対してハリス氏は46%だ。34歳以下の登録有権者に限るとトランプ氏43%、ハリス氏は47%で上回る。敗色濃厚だったバイデン氏での消化試合が一転、接戦の気配が漂う。

岸田首相は「退屈」か

ポピュリストは右派に限った話ではない。米国には民主社会主義者を任じるサンダース氏のように左派のポピュリストもいる。左右両派のポピュリストは世界に存在し、ともにエリートや既成政治への批判を錦の御旗にしている。

日本はどうか。「ポピュリズムの政治社会学」の著書がある中京大学の松谷満教授は「小泉政権以前の首相は党と支持者向けの政治をしていた。小泉純一郎首相は広く有権者をみていた点でポピュリストだった」と指摘する。

ポピュリストの基準を反エリートの目線と定め「自民党をぶっ壊す」と訴えた小泉氏はそれを満たすとの説明だ。「主張によって肯定できるポピュリスト、できないポピュリストがいる。ポピュリストは人々の中にもいる」と語る。

岸田文雄首相は派手な立ち振る舞いや演出を好まず、スターマー首相の「退屈な指導者」像とだぶる。半面、経済運営ではポピュリスト的な傾向がうかがえる。

9月の自民・立民代表選が問うもの

保守政党を標榜する自民党の経済運営は伝統的に補助金を中心とする社会主義的な政策といえる。米国の共和党が進める「小さな政府」ではなく、民主党の「大きな政府」路線に近い。日本では野党も社会主義的な政策が目立つ。

日本経済が成長しなかった「失われた30年」は与野党が社会主義的な政策を競い合い、構造改革が遅滞したのも一因だ。「日本にはビジネスと親和性のある政党がない」。経済界からはこんな不満も聞こえてくる。

自民党、立憲民主党の代表選で示される政策にも注目すべきだ(岸田首相㊧と立民の泉健太代表)

9月には自民党の総裁選と立憲民主党の代表選を予定する。2つの指導者選びで候補者が経済、外交・安全保障、エネルギーなど様々なテーマでポピュリズムと共振した政策を打ち出すのかどうかを注意深く見極めたい。

例えば人工知能(AI)の普及で急増が予想される電力需要にどう対応するのか。原子力発電の取り扱いをはじめエネルギー安全保障は喫緊の課題だ。

民主主義が内包する矛盾といわれるポピュリズムは、時にその民主主義を揺さぶる。懸案は喧噪(けんそう)のさなかに放置されがちだ。2つの指導者選びで問われるのは政治家だけではない。

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