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今を「戦間」としないために

「終戦の日」に寄せて 朝日新聞ゼネラルエディター・春日芳晃

 第2次世界大戦後の79年間、地域紛争は絶えず起きましたが、3度目の大戦は起きていません。キューバ危機など一触即発の瀬戸際もありましたが、米国や旧ソ連の指導者は踏みとどまりました。しかし世界では今、国際社会の仲介や調停が機能せず、規範や秩序を揺るがす紛争が止まりません。

 私は2011年から3年半、ニューヨーク特派員として国連を担当しました。国連憲章で「国際の平和および安全の維持に関する主要な責任」を負うと定める安全保障理事会は中核組織です。その常任理事国であるロシアが、核兵器使用の脅しをかけて隣国ウクライナを侵略しています。

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国連の安全保障理事会=2024年3月28日、米ニューヨーク、遠田寛生撮影

 中東では、イスラム組織ハマスの奇襲を受けたイスラエルが、パレスチナ自治区ガザ地区を圧倒的武力で攻撃し続けています。ガザ保健省の今月7日の発表によると、ガザ地区の死者は3万9677人、負傷者は9万1645人。その多くは民間人です。ハマスを支援するイランとイスラエルの緊張も高まっています。

 中国は軍拡を推し進め、台湾周辺で大規模な軍事演習を実施したほか、南シナ海の軍事拠点化を進めています。北朝鮮は核・ミサイル開発をやめません。

 第2次大戦は、欧州・アフリカ・アジアの局地紛争が結びついて起きました。戦後の規範と秩序が崩壊すれば、各地の紛争が結びついて再び世界規模の戦争になるかもしれない。そんな焦燥に駆られます。

 私は2012年から17年にかけて計9回、内戦が終わらない中東シリアを現地取材しました。空爆や砲撃で破壊し尽くされた街の光景と、家族や友人の命を奪われた人々の怒りと嘆きを忘れることができません。

 戦争の歯止めの第一歩は、私は歴史と先人から学ぶことだと考えます。私たちの立ち位置を知り、未来に必要なものを探るうえで、過去の教訓は不可欠です。

 7月27日、長崎市で開かれた国際平和シンポジウム「核兵器廃絶への道」で、13歳の時に長崎で被爆した田中熙巳(てるみ)さん(92)が壇上で訴えました。「『核兵器は非人道的』と言うとき、非人道的とはどういうことか、皆さん、実感できるものを持っていないと思います。だから、これからも(語り継ぐ)努力をしていかなきゃいけない」

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田中熙巳・日本原水爆被害者団体協議会代表委員=2024年7月27日、長崎市、小宮路勝撮影

 第2次大戦前、朝日新聞は軍縮を掲げて軍部に批判的でしたが、不買運動や軍部の圧力に押されて戦争礼賛に転向しました。戦時中は、「大本営発表」を伝え続けました。その責任があるからこそ、戦争体験世代から託されたバトンを受け止め、考え、行動し、次の世代に引き継がねばと痛感します。

 79回目の「終戦の日」の前日の8月14日、岸田文雄首相が裏金事件の「けじめ」として9月の自民党総裁選に出馬しないと表明しました。抜本的な政治改革をせずに「表紙」だけ変えることに違和感を拭えません。私たちは政党政治が行き詰まった戦前と同じ道を歩んでいないか、不安を感じます。

 戦争を経験した人から「戦争の現実」を語ってもらうことが、不可能となる時代にさしかかっています。広島、長崎に投下された原爆で被爆し、被爆者健康手帳を持つ人は今年3月、初めて11万人を下回りました。旧軍人を対象とした恩給を受給している人も急激に減っています。

 人類はなぜ、2度も世界大戦を起こしたのか。戦争の実態はどんなものか。同じ惨禍を起こさないために私たちは何をすべきか。戦後79年と80年にあたる今年と来年、朝日新聞はよりいっそう手厚く報じます。より良き世界と日本への道のりを、読者のみなさんと一緒に考えたいと思います。(春日芳晃)

100年をたどる旅 ~未来のための近現代史~

世界と日本の100年を振り返り、 私たちの未来を考えます。 歴史を通して見えてくる「人」と「社会」。 朝日新聞の企画「100年をたどる旅―未来のための近現代史」です。

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