目次

  • 複数の世論調査 “労働党が勢力を伸ばし 単独過半数を獲得”

  • 議会下院の議席数 勝敗ライン

イギリスでは議会下院の650議席を争う総選挙の投票が日本時間の4日、午後3時から始まります。

大手調査会社「ユーガブ」が3日に発表した議席予測では、労働党が431議席と単独過半数を獲得する一方、保守党は102議席と改選前に比べ3分の1以下に減らすとしていて、14年ぶりとなる政権交代の可能性が高まっています。

首都ロンドンの首相官邸前では新しい首相の就任演説に備えて国内外の報道機関が撮影場所の確保を始めるなど、政権交代を見据えた動きが見られます。

スナク首相は3日、南部ハンプシャー州の学校で生徒たちと交流したあと「税金を減らし、国境を守りたいなら保守党に投票し、労働党の大勝を防がなければならない」と訴えました。

また、保守党は2日の集会で、去年議員辞職したジョンソン元首相がこの選挙戦で初めて応援演説をするなど、支持のつなぎ止めを図っています。

これに対し、労働党のスターマー党首は北部スコットランドで演説し「われわれは再び働く人たちのための党になった。変革を望むなら投票してほしい」と呼びかけました。

投票は日本時間の5日、午前6時に締め切られ、即日開票されます。

複数の世論調査 “労働党が勢力を伸ばし 単独過半数を獲得”

総選挙の前日の3日、世論調査に基づく議会下院の複数の議席予測が発表され、いずれも労働党が大きく勢力を伸ばし、単独過半数を獲得するとしています。

このうちシンクタンク「モア・イン・コモン」は、労働党が430議席に増え、保守党が126議席まで議席を減らすとした上で、「保守党は史上最悪の結果となる可能性がある」と指摘しています。

また、世論調査会社の「フォーカルデータ」は、獲得する幅を予測していて、労働党は最大で456議席、最小でも433議席と過半数を獲得する見込みだと分析しています。

保守党については最も少ない場合は94議席と100議席を切る可能性があるとしています。

議会下院の議席数 勝敗ライン

イギリス議会下院の議席数は650あります。

解散した2024年5月30日時点の各党などの議席数は保守党が345議席、労働党が206議席、スコットランド民族党が43議席、自由民主党が15議席、ともに北アイルランドを拠点とする民主統一党が7議席、シン・フェイン党が7議席。

ウェールズを拠点とするプライド・カムリ党が3議席、スコットランドを拠点とするアルバ党が2議席、北アイルランドを拠点とする社会民主労働党が2議席、イギリス労働者党が1議席、緑の党が1議席、リフォームUKが1議席、北アイルランド同盟党が1議席、それに無所属が15議席となっています。

このほか議長が1議席を占めています。

そして総選挙の結果、過半数の326以上の議席を獲得した党の党首が首相に就任します。

注目選挙区

今回の総選挙では保守党の主要閣僚が落選する可能性も指摘されています。

ロンドン郊外の選挙区ではシャップス国防相が5期連続で当選してきましたが、イギリスの経済誌「エコノミスト」の7月2日の予測では労働党の候補者に敗れる可能性が非常に高いとされています。

また、イギリス南部の選挙区では同じく5期連続で当選してきたハント財務相が議席を失う可能性が高いと指摘されています。

このほか、6月中旬にはイギリスの新聞テレグラフが調査会社との世論調査の結果として、イギリス中部の選挙区でスナク首相が労働党の候補者と激しく競っていて、議席を失う可能性があると伝えました。

スナク首相が落選すれば、現職の首相としては初めてになるとしています。

ただ、エコノミストなどはスナク首相が議席を維持するという見通しを示しています。

  • 注目

《総選挙の争点》

総選挙で大きな争点となっているのが、経済や公的な医療サービス、そして移民問題です。

経済

経済については、スナク首相が就任当時11%を超えていたインフレ率について、ことし5月には前の年の同じ月に比べてイングランド銀行が目標とする2%まで下げたことを成果としてアピールしています。

また、2030年までに年間170億ポンド、日本円でおよそ3兆4000億円にのぼる大型減税を柱とした公約を発表しました。

ただ、歴史的なインフレで打撃を受けた国民の生活は改善されていないとして、「生活費の危機」という、ことばが連日大きく取り上げられています。

これに対し、労働党は公約の中で再生可能エネルギーなどへの投資で経済成長を実現すると主張しているほか、若者や失業者が十分な収入を得られるよう就労支援を強化するなどとしています。

医療サービス

「NHS」と呼ばれる国が運営する国民保健サービスも大きな争点となっています。

NHSでは診療や治療が原則無料ですが、近年は治療を受けるまでに時間がかかりすぎて症状が悪化する患者も相次ぎ、機能不全に陥っているとまで言われています。

これについて、保守党は医師や看護師を増やし2030年までに40の病院を設立するなどとしているのに対し、労働党は、近隣の病院の連携を深め民間の医療施設も活用することでイングランドで毎週4万件の予約枠を増やすとしています。

移民問題

保守党は、難民認定を申請するためフランスとの間のドーバー海峡をボートで渡るなどして不法に入国する人たちへの対応が財政を圧迫しているなどとして、アフリカ東部のルワンダに強制的に移送する計画を掲げ、ことし4月に法律が成立しました。

スナク首相は総選挙後に第1便を出発させるとしています。

一方、労働党は総選挙に勝利した場合、ルワンダへの移送計画を直ちに廃止すると宣言し、不法移民への対策として国境警備の司令部を立ち上げ、密航業者の摘発を強化するなどとしています。

過去の政権交代

イギリスでは第2次世界大戦後、いずれも2大政党の保守党と労働党の間で8回の政権交代が行われました。

(1)1回目は1945年でした。ナチス・ドイツが降伏した2か月後、10年ぶりに行われた総選挙で、それまで戦時内閣を率いた保守党のチャーチル首相がアトリー党首率いる労働党に敗れました。

(2)アトリー首相は「ゆりかごから墓場まで」と形容されるイギリスの手厚い社会保障制度を築きましたが、1951年、76歳のチャーチル前首相が政権を奪い返しました。

(3)1964年には、保守党のダグラスヒューム政権に代わって労働党のウィルソン政権が発足しました。

(4・5)ウィルソン首相は1970年、ヒース党首率いる保守党に政権を奪われましたが、続く1974年の総選挙で第1党となり、第3党の自由党の協力を得て首相に返り咲きました。

(6)1979年には、ストライキやインフレによる社会不安が増す中、ウィルソン氏のあとを継いだ労働党のキャラハン首相に対する不信任投票が可決し、総選挙ではサッチャー党首率いる保守党が大勝し、イギリス初の女性の首相が誕生しました。

(7)保守党はサッチャー首相のおよそ12年にわたる長期政権のあとメージャー首相が就任しましたが、1997年、右派でも左派でもない「第三の道」を掲げたブレア党首のもと、労働党が18年ぶりの政権交代を果たしました。

(8)そして2010年の総選挙ではキャメロン党首率いる保守党がブラウン首相の労働党に勝ち、第3党の自由民主党との連立政権を発足させました。

今回、政権交代が行われれば、14年ぶりで、戦後9回目となります。

《各政党は》

保守党とは

保守党は17世紀後半に貴族や地主などの支持を受けて結成されたトーリー党が由来で、20世紀には労働党と2大政党の一角を担い、政権交代を繰り返してきました。

1980年代には初めて女性として首相に就任したサッチャー氏のもとで「自由市場」を重視する政策を打ち出し、郵便や鉄道など国営事業の民営化や労働組合の改革などを行いました。

貧困家庭や失業者が増加し、格差を広げたという批判はあったものの、1983年と87年の総選挙でも圧勝しました。

サッチャー氏のあとはメージャー氏が引き継ぎ、保守党政権は18年続きましたが、1997年の総選挙でブレア氏率いる労働党に敗れます。

次に保守党が政権を握ったのは2010年です。

当時のキャメロン首相は2016年にEU=ヨーロッパ連合からの離脱の賛否を問う国民投票に踏み切りましたが、離脱派の勝利を受けて、辞任しました。

その後、保守党は党内の対立や不祥事などでメイ氏、ジョンソン氏、そしてトラス氏が相次いで辞任に追い込まれ、スナク氏は2010年以降、5人目の首相となっています。

スナク首相とは

保守党のリシ・スナク首相はイギリス南部のサウサンプトン出身の44歳です。

アフリカから移住したインド系の両親のもと、イギリスで生まれました。

父親は医師、母親は薬剤師で、子どものころは母親の薬局の会計を手伝っていたということです。

イギリスのオックスフォード大学で学んだあと、大手金融機関のゴールドマン・サックスで勤務。

その後、アメリカのスタンフォード大学でMBA=経営学修士を取得後、ヘッジファンドで勤務するなどして2015年から下院議員を務めています。

2020年に39歳の若さでジョンソン政権のもとで、財務相に抜てきされ、2022年10月に、2か月足らずで退陣したトラス氏に代わって首相に就任。

イギリスでは20世紀以降、最も若く、初めてのアジア系の首相となりました。

首相就任後は、記録的な水準が続くインフレ対策や財政の再建、それに密入国対策の強化などに力を入れています。

私生活では、スタンフォード大学で知り合いインドのIT大手の共同創業者の娘である妻との間に2人の娘がいます。

一方、スナク首相についてイギリスのメディアは「最も裕福な国会議員の1人」と伝えるなど、その「富豪」ぶりがやゆされ、妻を巡っては海外での所得の納税を免除されていたことが明らかになり、批判を浴びました。

野党からは記録的なインフレのなか国民の痛みを理解していないとして批判されています。

外交政策では、ウクライナ支援を積極的に行ってきたほか、安全保障面で日本との関係強化を進めてきました。

去年5月にはG7広島サミットに出席するため日本を訪れ、岸田総理大臣との会談ではプロ野球・広島のロゴがデザインされた赤い靴下をはいて臨み、親密さをアピールしていました。

労働党とは

労働党は1900年、イギリスで階級社会が色濃く残る中、労働者を守る立場を掲げて創設されました。

そして、1924年に初めて政権の座につくなど、保守党とともに2大政党の一角を担ってきました。

第2次世界大戦後、「ゆりかごから墓場まで」と形容される手厚い社会保障制度を築きましたが、その後、労働組合が繰り返したストライキなどへの批判が高まり党勢は低迷しました。

1997年には、自由主義経済と福祉政策の両立を目指す「ニューレーバー=新しい労働党」を掲げ、中道路線に舵を切った当時のブレア党首が圧倒的な支持を集めて政権に返り咲きます。

10年以上にわたって政権を維持しましたが、2010年に総選挙で敗れてからは党内の路線対立が表面化しました。

2015年には鉄道の再国有化や核兵器の廃絶などを掲げた左派のコービン氏が党首に就任したものの、イギリスのEU離脱をめぐる方針の違いから下院議員の多くが不信任を突きつける事態にまで発展しました。

そして、EU離脱が最大の争点となった2019年の総選挙で大敗した責任をとってコービン党首が辞任したあと、弁護士出身のスターマー氏が党首に就任し、中道路線への回帰を図ってきました。

労働党 スターマー党首とは

労働党のキア・スターマー党首はイギリス南部サリー州出身の61歳です。

工具職人の父親と看護師の母親の間に生まれ、姉が1人、下に双子のきょうだいがいます。

両親は労働党の支持者で、名前の「キア」は党の創設者の1人で、初代党首を務めたキア・ハーディにちなんで付けられたとも報じられています。

母親は難病でしたが、スターマー党首は「母の勇気と生きようとする強い意志に大きな影響を受けるとともに、公的な医療サービスへの感謝を抱くようになった」と振り返ります。

スターマー党首は一家の中で初めて大学に進み、リーズ大学とオックスフォード大学の大学院で法律を学んだあと、主に人権問題を扱う法廷弁護士として国や大企業を相手取った訴訟で存在感を示しました。

2008年に検察局の長官に就任し、政治への信頼を揺るがした議員の不正経理問題で与野党の複数の議員を起訴するなど、刑事司法への貢献が評価され爵位を授けられました。

そして、2015年の総選挙に労働党の候補者としてロンドン中心部の選挙区から立候補し初当選すると、当時のコービン党首に指名され「影の内閣」でEU離脱担当相などを務めました。

さらに、2019年の総選挙で大敗した責任をとって辞任したコービン氏の後任として2020年に党首となり、堅実な運営で党の立て直しを進めるとともに、新型コロナ禍におけるジョンソン政権の不祥事や市場の混乱を招いたトラス政権の経済政策などを批判してきました。

私生活では、弁護士時代に知り合い公的な医療サービスに勤める妻との間に2人の子どもがいます。

趣味はサッカーで、現在も週末に仲間とプレーしているほか、イングランドプレミアリーグで冨安健洋選手が所属するアーセナルの熱烈なサポーターとして知られています。

政権交代支える「影の内閣」

イギリスでは7月4日の総選挙のあと、17日にチャールズ国王が新政権の施政方針を議会で読み上げる予定で、政権交代の準備期間は10日余りとなっています。

短期間での円滑な政権交代を可能にしているのが、最大野党の中に設けられている「影の内閣」です。

党首が財務、内務、外務など、そのときの内閣とほぼ同じ陣容で特定の政策分野を担当する議員を選び、「影の内閣の閣議」を毎週開いて政権の政策を検証したり、党としての政策を作成したりします。

労働党のホームページによりますと、現在の「影の内閣」はスターマー党首をはじめとする31人からなり、このうち「影の外相」のラミー議員や「影の国防相」のヒーリー議員など5人が、かつてブレア元首相やブラウン元首相の内閣で閣僚を務めていました。

2000年から議員を務める労働党のベテラン、ヘンドリック議員によりますと、「影の内閣」はイギリスにかかわる重大な安全保障上の問題や軍事衝突の可能性がある場合などには、国としてすばやい対応がとれるよう、政権側と同じ情報が政府関係者や官僚から提供されることになっています。

また、総選挙が近づくにつれ、「影の内閣」と各省庁の官僚との間で情報をやり取りする頻度が増え、選挙前から政権交代を見据えた準備が進められるということです。

自由民主党とは

自由民主党は、かつての2大政党の1つ自由党と、労働党から分離した社会民主党が1988年に合併して結成された中道左派の政党です。

2010年の総選挙では議会第3党となり、第1党の保守党とともにイギリスで第2次世界大戦後、初めてとなる連立政権を発足させましたが、連立政権による歳出削減などが公約に反していると支持者から強い反発を受け、支持率が急落しました。

そして2015年の総選挙で保守党が単独過半数を確保したこともあり連立を解消しました。

2020年からは、保守党との連立政権でエネルギー・気候変動相を務めたデイビー党首が就任し、解散前の議席数は650議席のうち15議席で、第4党となっていました。

今回の公約ではNHS=国民保健サービスや介護制度の充実、クリーンエネルギーの利用促進によって2045年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすること、それに不法入国者をアフリカのルワンダに移送するスナク政権の入国管理政策の撤廃などを掲げています。

このほかEUへの復帰を長期的な目標に掲げています。

選挙戦で、デイビー党首は与党・保守党に対する不満の受け皿となることを目指しイギリス南部や南西部の選挙区を重点的に回っていて、マリンスポーツを体験する様子を公開して水質汚染対策の強化を訴えるなどユニークな選挙活動を通じて2大政党との差別化を図っています。

リフォームUKとは

「リフォームUK」は、前身が2019年に結成された新興政党「離脱党」で、EU=ヨーロッパ連合からの離脱を強硬に主張したナイジェル・ファラージ氏が率いています。

ファラージ氏はことし5月、議会の解散・総選挙が発表された際は、親交の深いアメリカのトランプ前大統領の選挙運動を支援するため、自身は立候補しないとしていましたが、6月3日、突然、立候補を表明し、リフォームUKの党首に復帰しました。

EUからの離脱運動を主導したファラージ氏の立候補を受けて、リフォームUKの支持率は上昇し最新の世論調査(6月27日)で、支持率は17%と、2位につける保守党の20%に3ポイント差まで迫っています。

ファラージ党首は、14年間の保守党政権を「失敗」と断じる一方、支持率で首位に立つ労働党についても「移民、犯罪、税金がさらに増える」と批判し、主要な既成政党に不満を持つ有権者の受け皿になっています。

選挙戦でリフォームUKは、フランスからボートでドーバー海峡を渡り、難民認定を求めて入国しようとする人たちをフランスに送り返すことなど移民対策の強化を訴えています。

こうした主張から保守党の支持層である右派の有権者の支持がリフォームUKに流れ、保守党の支持率低迷の要因の1つになっているとみられています。

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