【フランクフルト=林英樹、北京=多部田俊輔】欧州連合(EU)の欧州委員会が中国製電気自動車(EV)の関税引き上げを決めた。中国政府の補助金で不当に安値販売していると指摘するが、実は中国から輸入されるEVの6割は米テスラや仏ルノーといった欧米メーカーの製品だ。中国は欧州産品への報復関税を検討しており、貿易面の緊張が高まる懸念がある。
2023年に欧州で販売されたEVのうち、約20%の30万台が中国から輸入した製品だった。中国製の売上高は110億ユーロ(約1兆9000億円)に上る。中国の乗用車の業界団体によると、欧州向けは輸出全体の約4割を占める最大市場だ。
テスラが中国EVの3割
欧州のシンクタンクT&Eの調査によると、メーカー別では上海に工場を持つ米テスラが最も多く全体の28%に達する。湖北省に工場を抱える仏ルノーの低価格ブランド「ダチア」、遼寧省に拠点を持つドイツBMWなどと合わせ計6割を占めており、欧米メーカーが中国からEUに輸出する構図だ。
中国製EVには現在10%の関税がかけられており、追加関税はこれに上乗せされる。中国政府から多額の補助金を受ける国有の上海汽車集団など中国車3社に対し、欧州委は最大38.1%の追加関税を課すと決めた。
その他の社は調査に協力したメーカーの場合で平均21%を追加する。欧米メーカーも対象となる。テスラには個別に異なる関税率が適用される。上海汽車よりは低い水準だが、それでも打撃は大きい。
英紙タイムズによると、スウェーデンのボルボ・カーは多目的スポーツ車(SUV)など一部のEV車種の生産を、中国からベルギーに移管し始めた。ボルボは中国民営車大手の浙江吉利控股集団が親会社で、追加関税の影響が大きくなると判断したようだ。
欧州にEVを輸出する中国車大手では、上海汽車傘下の英国車ブランド「MG」が最大だ。浙江吉利がボルボと立ち上げた高級EVブランド「ポールスター」のほか、中国EV最大手の比亜迪(BYD)、長城汽車、新興EVの上海蔚来汽車(NIO)などがEV輸出に力を入れている。
ただ足元ですでに中国EVの伸びは鈍化しつつある。4月の欧州市場での中国EV販売台数は前年同月比10.1%増だった。23年4月の12.5%増より下がり、EV全体のシェアも9.7%と0.2ポイント下げた。
長城汽車が欧州本部閉鎖
長城汽車は5月末、ドイツ・ミュンヘンの欧州本部を8月末に閉鎖すると明らかにした。21年に設立し販売管理や現地市場向けの研究開発などを手がけてきたが、同本部で働く100人に解雇を通知した。小型EVブランド「欧拉(オラ)」を中心とした欧州での販売は継続する。
閉鎖理由について、ドイツで23年12月にEV補助金が打ち切られたことを念頭に、販売環境が厳しくなっている点を挙げた。EUの追加関税の動きも閉鎖の一因となったとみられる。
追加関税を避けようと、中国車大手にも欧州域内生産に乗り出す動きが出ている。奇瑞汽車は4月、スペイン企業と共同で同国でEVの製造販売に乗り出すと発表した。2社で4億ユーロを投じ、日産自動車の工場跡地を活用する。
BYDは23年12月、ハンガリーに欧州初の組み立て工場を建設すると表明した。上海汽車は欧州で自動車の組み立て工場の立地の選定作業を進めており、近く発表するとみられている。
ただ奇瑞汽車やBYDの量産開始は27年前後になる。その間は中国からの輸出に頼らざるをえない。追加関税を課されると同型の欧米製に近い水準の販売価格になる見込みだ。
独自動車エコノミストのマティアス・シュミット氏は「中国EVのコスト競争力は欧州メーカーと比べ30%程度高い」と指摘する。特に2万5000ユーロ以下の低価格小型EVは、欧米メーカーのラインアップが薄く、中国勢が競争力を維持する可能性が高い。
追加関税は中国に生産拠点を置く欧米メーカー大手の競争力をそぐだけでなく、中国政府による報復も招く。中国政府は同国に輸入されている大型エンジンを搭載した高級ガソリン車のほか、EU産のブランデーや乳製品などを報復関税の対象として示唆する。
中国はEUからの輸入EVに15%の関税を課しており、引き上げの可能性も残る。欧州産業にとって利益と損害が同時に起こる悩ましい事態に陥ることになる。
日本の自動車メーカーへの影響は現時点で限定的とみられる。中国で生産し他国へ輸出する日本メーカーは限られる。ホンダは欧州向けEVのSUV「e:Ny1(イーエヌワイワン)」を中国で生産している。23年は約4200台を輸出しており、関税引き上げで販売台数に影響が及ぶ恐れがある。
みずほ銀行の湯進主任研究員は「中国メーカーが欧州だけで現地生産を進めることは考えにくい」とし、世界中で現地生産を拡大する可能性を指摘する。「既に現地生産を進めている東南アジアや南米では一気に加速してくる。東南アジアでシェアが高い日本車に影響は出てくるだろう」と話す。
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