ゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC 2024」の最終日となる2024年8月23日,「『ストリートファイター6』の世界に生命を!〜物理シミュレーションを活かしたアニメ物理〜」というセッションが行われた。
 本セッションは,非常に個性的なキャラたちがところ狭しと暴れ回る対戦格闘ゲーム「ストリートファイター6」において,いかに物理シミュレーションを活用し,よりキャラクターやステージを魅力的に描いているかを発表したものだ。


 スピーカーは,カプコンのCS第二開発統括 開発三部 VFX室の當銘龍司氏と,CS第二開発統括 開発四部 ゲームグラフィック室のタイ ガイヒョウ氏。バトルの最中だからと見逃すのはもったいない,こだわりに満ちた演出の裏側をレポートしよう。

左から當銘龍司氏と,タイ ガイヒョウ氏


「物理クロスセクション」とは何か?


 最初に登壇した當銘氏はまず,「物理クロスセクション」というあまり聞き慣れない言葉について解説した。

 物理クロスセクションとは,ゲームにおける破壊(Destruction)と二次アニメーション(Secondary Animation)を専属で行うセクションのことだという。具体的にストリートファイター6では,「背景物の破壊などの物理シミュレーション」と「衣服などのクロス(布)シミュレーション」に対応し,実際に戦うキャラクターや,背景の動くオブジェクトに手を加え,より魅力的に動作するよう,さまざまな改善や調整を行っている。


 実際の作業においては,以下のスライドのような指針が立てられており,キャラクターの描画数が基本的に2体に限られ,さらにカメラに近い場所で大きく表示される格闘ゲームでは,背景も含めてそのクオリティにはとくに気を使っていると氏は語る。またシミュレーションでありながらリアルになりすぎず,プレイしていて楽しく,かつ現実とフィクションが適度に混じった表現が重要になるという。
 目標としているのはマンガの1コマを切り取ったような技表現であり,これをセクション内部では「アニメ物理」と呼んでいるそうだ。


 バトル中に激しく動く服などのリアルタイムシミュレーションには,カプコン内製となるRE ENGINEのChainと,ミドルウェアのHavok Clothが使用されており,セッション中に流れたデモにおいても,スムーズかつ表現豊かに動作に追従している姿が確認できた。また服装や装飾は,どのような素材が使われているかそれぞれ設定されており,例えばラシードの衣服には柔らかいものが使われている,という前提の動きになっているそうだ。



ストリートファイター6におけるクロスシミュレーションの詳細とは


 続いて當銘氏は,クロスシミュレーションの実装方法について解説していった。
 全体的なワークフローは以下のとおりであり,すでにデザインの段階から物理クロスセクションが相談や調整を行っているとのこと。ただし実際にモデルが完成すると想定どおりに動かないこともあり,繰り返し手直しが入ることもあるそうだ。


 前述のとおり,実際の動作シミュレーションにはChainとHavok Clothが利用されている。揺れ物に関しては見た目の楽しさを実現したい一方,めり込みなどの破綻も起こってしまうので,動作のチェックを1つ1つ行う必要があり,非常に根気がいる作業とのこと。


 使用したシミュレーションのエンジンについてもここで触れ,Havok Clothは詳細な設定が可能で,かつ精度も高く,めり込みなどの破綻も少なくできるとまとめた。一方,RE ENGINE内蔵のChainは,作業がエンジン内だけで完結するので,調整が簡単でテストがしやすく直感的なのがメリットだという。


 2種類のエンジンを使い分けているのは,一言に「動く」(揺れる)といっても,その物によって挙動が異なるからだ。
 例えばラシードの場合,キャラの動作自体に非常に緩急があり,かつ揺れ物と呼ばれる腰回りの布などがかなり激しく動くので,破綻が少ないHavok Clothを使う。その一方,頭に巻いている鉢巻きなどは,体に干渉しづらいので,より手軽なChainでも良いとのこと。
 また上でも少し触れているが,本作はキャラが多いうえに複数の衣装が用意されているが,実際の挙動は革や布といった衣装の素材によって,きっちりと変化がつくように調整されているそうだ。実際にプレイするときは,その素材にも注目してみるといいかもしれない。

ラシードは服装の揺れ物も非常にダイナミックに動くので,調整が大変だったキャラに入るとのこと


 また,さらに衣装の揺れ物を魅力的に見せるため,「演出風」というものを採用している。必殺技やリザルトの演出のみならず,パンチなどの通常技にも仕込んでおり,例えばベガの場合は約100個の風の動きが設定されていると明かされた。風の強さや向きは,RE ENGINE内でパラメーターとして設定されており,フレームごとの調節をしているというから,数も含めてその労力にちょっと驚いてしまう。
 ここでジュリをサンプルに,風の有無で表現がどう変わるか動画が流れたのだが,まさに一目瞭然という違いだと感じた。


 またステージごとに「環境風」という,演出風とは別の風の流れも用意されていて,ステージの個性をつけるのにも役立っているそうだ。


 ただリアルタイムのシミュレーションをそのまま使うと,思ったとおりの絵作りにならないことも少なくないのだという。例として,マリーザのスカーフを挙げ,そのままだとスカーフが画面から見て手前に動いてしまうシーンが流された。こういったときは「ベイクモーション」という,決め打ちのアニメーションをあえて作り,それで上書きしてしまうそうだ。手間がかかっているが,これも講演の冒頭で触れていたフィクションを含める「アニメ物理」の実装の1つと言えるだろう。


 最後に當銘氏は,クロスシミュレーションを使ったリアルタイムに動く揺れ物の効果は非常に大きく,技の勢いを演出したり,プレイしていて「楽しい」と感じる手触りに仕上げられることや,リアルなだけでないアニメ的な誇張を盛り込んだり,こだわった質の高い揺れ物を作ったりすることが,専門のセクションとして対応することのメリットであるとした。そして,結果的に,キャラクターの魅力アップに貢献できたと,このパートを締めくくった。

服装だけでなく筋肉にもその量や体格に合わせた“揺れ”を仕込んでいる



背景物のリアクションを活用し,一層のリアルさを演出する。


 次に登壇したタイ氏は,こちらも冒頭で触れられた背景物のリアクション(破壊)について解説した。

 まず「なぜ物理シミュレーションを使い,背景物リアクションを利用する必要があるのか?」という前提について語られた。それは現実と同じように,風が吹けば旗が揺れ,地面が揺れれば棚が動き,そして棚が動けば物が落ちてくる……といった動きを静止物に与えることで,プレイヤーに視覚から没入感を生み出したいと考えているからだそうだ。

 物を揺らしたり,壊したり,爆発させたりといったリアクションを現実的に描くには,物理シミュレーションを使うのがスタンダードである。しかしそれが“現実的なリアルさ”を目指しているかと言えばそうではなく,むしろ誇張表現を入れ,プレイヤーが心理的なリアルさを感じ,また物が動いて(壊れて)楽しいと感じることが重要なのだと語る。



 実際にゲーム内に配置されているオブジェクトは相当数あり,具体例としてはゆったりとした風に揺れる提灯や中国結び,洗濯物や植物,そして強風の影響を大きく受ける旗や万国旗などは,雰囲気を表現する背景物になっている。


 一方で,バトル中のキャラの動きによって直接影響を受けるオブジェクトもある。こちらは近くで衝撃を受けると破壊される木箱や,激しく揺れる車や荷物として表現されており,これらは,臨場感を出すの役割として用意されているとのこと。


 作成のワークフローは以下のスライドで示されたが,例えばベガステージでは背景物はかなりの数が用意されており,さらに特性や表現がきっちりと考慮されたものになっているのが印象的だ。金属製の硬くて重いものがあれば,別ステージでは布製の柔らかくて動きが激しいものもあり,メリハリをつけることに成功していると言っていいだろう。


 シミュレーション時は,バトルエリアと呼んでいる実際の戦闘エリアに影響を与えないようにし,そして動かない背景部もしっかり考慮しつつ,動きのテストを繰り返していくという。さらにただ揺れるだけでなく,揺れた回数によって動作を大きく変えるなど,人の手による修正やブラッシュアップを繰り返し,満足できるものに仕上げていくそうだ。

多種多様な動くオブジェクトが背景に用意されているが,どれもこだわった作りになっている

 このパートの最中にはデモ動画が流され,アームで動作する人体のカプセルが破壊されながら動いていき,最後は倒れ込んで前面のガラスが割れる……といった一連の流れが紹介された。ガラス,本体,パイプは全部別のパーツになっており,例えばガラスは倒れ込んだときにヒビが見える(入る)ようにし,パイプは本体の動きにあうように,別の計算を行っているとのことだ。


 もう1つの例として表示されたのは,ガイルステージの大きなフラッグだ。こちらはステージの風(環境風)を演出するために何もしなくても動く以外に,キャラクターの倒れ込むリアクションの風で大きめに浮き上がり,さらにヘリが近づいてくるという環境の変化では,一層大きくはためくようになっている。激しいバトルの際は気がつかないかもしれないが,フラッグ1個でもここまでのこだわりを込めているのは,シンプルに驚いてしまう。


 締めとしてタイ氏は,背景物のリアクションは世界観に説得力を持たせるためのものだが,それはリアルそのものを目指しているのではなく,あえて動きに強弱や誇張表現を入れることで,プレイヤーによりよい見栄えや爽快感を与えることが目的なのだとまとめ,マイクを置いた。


 最後にマイクは當銘氏に戻り,物理シミュレーションの分野の表現方法は無限であり,まだまだの発展が見込める部分だとした。そして自分たちも一層精進し,さらなる分野の成長を期待したいと語り,今回のセッションを締めくくった。

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