ゲーム開発者会議のCEDEC 2024で,ゲームジャーナリストの徳岡正肇氏によるセッション「ペーパープロトタイピングの現代的価値と弱点」が行われた。


 ペーパープロトタイピングとは,デジタルコンテンツの制作において,あえてアナログ的な手法を用いた試作を行うこと。ゲーム開発でも使われることが多く,近年新たな価値を生んでいるが,そこにはさまざまな問題も潜んでいる。そんなペーパープロトタイピングの今が語られたセッションをレポートしよう。

徳岡正肇氏

 ペーパープロトタイピングは,一般的にはWebデザインにおけるユーザーインタフェース(UI)設計で使われることが多いが,ゲーム産業ではUI限定ではなく,ゲームデザイン全体にも使われる傾向が強いそうだ。

 名前に「ペーパー」と付いてはいるが,最近は紙を使わないものも増えてきている。「Tabletop Simulator」を使えば“デジタル空間内でのペーパープロトタイピング”といったことが可能だし,フィギュアを使ってキャラクターの位置関係などを確認するといった手法もあるそうだ。

アナログゲームを電子機器でサポートするスタイルのゲームは大昔から存在しているが,現在のペーパープロトタイピングを,そのような「デジタルサポートされたアナログゲーム」として捉えることも可能とのこと

 現在のゲームにおけるペーパープロトタイピングは,主に教育現場制作現場で使われている。

 教育現場での使用例としては,スウェーデンにあるシェブデ大学のゲームデザイン学科などが展開しているインキュベーションブログラム「Sweden Game Arena」のものが成功例としてよく知られている。
 
 実際にゲームを開発したことがない大学1年生などは,自分の作りたいゲームが分かっておらず,いざ「どんなゲームを作るか」という話し合いを始めても妄想の域を出ず,実作業に入れないケースが多々見受けられるとのこと。

 ペーパープロトタイピングは,そういった学生たちの情熱のようなものを外に出しやすくし,自分たちのアイデアが挑戦するに足るのかを確認させるために有効であるとのことだ。

日本でも専門学校などでペーパープロトタイピングの授業が行われている。自信満々の学生が鼻を折られることも多いそうだが,徳岡氏は「“いかに自分のアイデアがつまらないか”の自覚は,通らなければならない道」と語った
 
 制作現場におけるペーパープロトタイピングは,ゲームの仕様を策定するために,さまざまな形で利用されている。

 UIやレベル,ルール検証といったところは当然として,最近は「アナログゲームの基礎設計」を目的としたものが増えているとのこと。これには,最近のゲームタイトルには,カードゲームやすごろく風ミニゲームの収録が増えていることが関係しているそうだ。

 ほかにも,戦闘システムの基礎設計やキャラクターモーションの基礎設計(これらはフィギュアを用いて行われる場合もある),経済モデル検証など,目的は幅広い。

 純粋なゲーム開発ではなく,デバッグ目的でペーパープロトタイピングが使われることもある。例えばプレイヤーキャラがさまざまなスキルを得て成長していくシステムで「ちゃんと能力が上がっていくか」を確認する際に,「ランダムにスキルを組み合わせる」というところのみ,プログラムではなくカードなどのアナログ手法を使い,実際の検証はデバッグツールを使う,といった手法になっているとのこと。

 このように,現在のゲーム開発におけるペーパープロトタイピングは,総じて言えば「エンジニアリソース不足の補完」として使われているとのことだ。


 このように,さまざまな場面でペーパープロトタイピングが使用されるようになった要因としては,エンジニアリソース不足の補完に加えて,「インディーゲームとの相性の良さ」や,「アナログゲームに対する市場の興味とのマッチ」が挙げられる。

 インディーゲームを「あるテーマを,その制作者ならではの視点で切った表現」のゲームとして考えた場合,アナログゲームデザインの基本となる「誇張と省略」は非常に相性がよく,ペーパープロトタイピングは,その「誇張と省略」を行う手段として有用になる。

 近年,アナログゲーム市場が活性化していることは4Gamer読者ならご存じだろう。TRPG人気は高まっており,TRPG「ダンジョンズ&ドラゴンズ」を原作とする「Baldur's Gate 3」は2023年のGame of the Yearタイトルとなった。また,「Slay the Spire」クローンはひとつのジャンルのようなものを形成しており,デジタルトレーディングカードゲームの人気も根強い。
 そういった状況の中で,ペーパープロトタイピングは流行ジャンルのゲームを開発するうえでも見逃せない手法になっているわけだ。

 もちろんペーパープロトタイピングには弱点もある。当然ながら“アナログゲームへ近づく”手法であるため,アクションゲームとの相性は悪く,前述の「誇張と省略」の面白さに引っ張られがちになる。
 現在アーリーアクセス中の「Thronefall」では,初期の開発でペーパープロトタイピングを多用したそうだが,「アナログであることからくる限界」が予想以上に大きく,開発中のものが一度破棄されたそうだ。

 徳岡氏は,そのほかの典型的な課題として,「アナログゲームのうち,デジタル化して面白いのは20%程度」という「20%の壁」説や,「ダイスを投げる」「カードを引く」といったこと自体の面白さをゲームデザインに起因するものと思い込んでしまう「フィジカルの雑音」,プロトタイプの制作者がその場にいないと面白さが発揮できない属人性などを挙げた。


 また,ペーパープロトタイピングには「システムをシンプルにする」というメリットが確かにあるが,それには「複雑な計算をブラックボックス化してシンプルにし,プレイヤーの負担を減らす」というデジタルゲームのメリットを生かしづらくなる面もあるとした。

アナログゲームだからといって,シンプルになるとは限らない

 徳岡氏はまとめとして,「サイコロを振ることは面白いので,振るのなら必ずデジタル環境で」と,デジタルサポートの積極的な利用を推奨し,ペーパープロトタイピングの限界を意識し,固執しすぎないことが大事だと呼びかけた。そのうえで,「アナログゲームの面白さとは何であり,どこをデジタル化して切り取るべきなのか」をしっかり検討する必要があると最後に語った。

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