ゲーム業界も歴史を重ね,過去の名作やその開発資料の保存が急務となっている。開発者向けカンファレンス「CEDEC 2024」の最終日となる2024年8月23日に行われたパネルディスカッション「ゲーム開発過去資料の保存の最前線を語ろう!」では,スクウェア・エニックス,タイトー,カプコン,セガといったゲーム保存に取り組むメーカーからキーマンたちが集まった。その様子をお伝えしていこう。


●登壇者
三宅陽一郎氏(スクウェア・エニックス イノベーション技術開発ディビジョン リードAIリサーチャー)
外山雄一氏(タイトー EB開発2部 プロデューサー)
牧野泰之氏(カプコン CS制作統括 デジタルアーカイブチーム プロデューサー)
奥成洋輔氏(セガ コンテンツプロデュース室 プロデューサー)

左から,奥成洋輔氏,外山雄一氏,牧野泰之氏,三宅陽一郎氏


大手4社の資料保存活動はどうなっているのか。キーマンたちが現状について語る


 まずは出席者が所属する4社におけるゲーム保存の現状について語られた。
 スクウェア・エニックスでは,2020年春から「SAVE PROJECT」がスタートした。「資料を資産に」をキーワードとし,“一点もの”である開発資料の保存が進められている。個人が所有しているといつか破棄される開発資料を守りたい,と三宅氏は述べた。
 資料のリストを作ったうえで「ドラゴンクエストIV」の人工知能に関する解説論文を公開するなど,外部へ発信する取り組みを進めている。こうした活動は未来に向けたものであり,自社の位置を確認できるし,歴史を見ていくことで会社に入って良かったという誇りを得られる,前向きなものであると三宅氏は意義を語った。


 カプコンでは,ライツビジネスや移植タイトルのプロモ展開を円滑に行うことを主目的に,メインアートやロゴ,キャラクターイラストにドット絵といったアート類にアクセスできる「CIAS(Capcom Illust Archive System)」が稼働している。
 ブラウザから利用したいアートを選んで「使用請求」のボタンを押せば,タイトルの管理者にメールが届き,承認もボタン一つで出せる様になっている。社内外からのニーズが多いドット絵もレイヤーを分けたpsdデータとして保存されており,コラボ先にデータを渡せばゲーム会社でなくとも動きを再現できるという。
 また「逆転裁判」シリーズの「異議あり!」などのアイコンや「ロックマン」シリーズのステージドット絵などもCIASで管理されており,グッズ制作などに活用されている。社内で放置されていた原画や版下,ポジなどアナログデータを発掘,スキャンしたうえで,現役デザイナーが実物を見つつ色調整を行うなど,デジタル化の取り組みも進む。将来的には企画書や仕様書,イベントシーン,ROMなどもデータベース上に集約したいと考えているとのこと。


 タイトーは1953年設立と歴史も長く,開発拠点が移転/統合される度に貴重な開発資料が廃棄されてきた。そうした中ではあるが,各拠点の責任者が尽力し,筐体やマイクロフィルム化された書類など様々な資料が保存されてきたという。
 デジタル化はこれから進めていくという状態ではあるものの,各拠点に点在していた基板を集めて特注の「基板箱」に保管,広報誌やユーザー向け小冊子の保管も行っている。このように保管された資料がゲーム開発に役立った例もある。
 「タイトーLDゲームコレクション」で基板が失われた「宇宙戦艦ヤマト」の移植が実現できたのは,レーザーディスクとROMと基板の設計図が残っていたためだという。


 セガでも様々な資料が保存されているが,スクウェア・エニックスのように一貫したプロジェクトがあったわけではなく,各部署で有志が保存していたものであるという。2023年春にはセガでもプロジェクトが本格的に始動,資料のデジタル化や保管に適した場所への移し替えなどが進んでいる。
 アーケードゲームをリリースし続け,大型筐体のブームを巻き起こしたセガだけにアーケード筐体の保管も行われており,本社の受付に展示されているほか,イベントに出展することもある。

 基板の補修部門がEPROMを管理しているものの,デジタル化は進んでいないという。かつてはプラットフォームホルダーだったセガだけに,各種の紙資料も膨大な量が存在。ハードウェアの設計図をポスターなど商品化したり,企画書をデジタル化してCEDEC 2019に出展したりする(関連記事)といった活用も行われている。

 保管されている資料も様々で,中には2007年に公開された「龍が如く 劇場版」の原版フィルムといった珍品もあるという。長い歴史を持ち,IPを様々に展開するセガならではといえるだろう。
 奥成氏が今後の課題として語るのは,セガが保有している無数の権利を把握し,有効活用すること。数が多すぎて把握し切れていないため,データベース作りを進めているのだそうだ。


 この日は,三宅氏の司会によるパネルディスカッションも行われている。
 これまでのカプコンで資料が保管できていたのは,岡野(正衛)氏が孤軍奮闘して資料を集め続けてきた執念であるという。氏の活動は社内でも知られるようになり,会社を去る人が岡野氏に資料を託すという流れも出来上がった。

 資料の保管について,結果にもつなげていかなければならないと牧野氏は語る。会社からはどれだけの利益を出せるのかと言われてしまいがちなため,当時の資料が満載された雑誌「Pen+」の特集号や「ストリートファイター 『俺より強いやつらの世界展』」など,保管した資料を世に出して話題にしていかなければならない,と感じているという。

 これを受けて外山氏は,タイトーには過去に自社IPを大切にしていなかった時期もあったものの,現在の復刻は当時の人たちが過去の資料を捨てないでいてくれたおかげであると先人たちに感謝。IPを継続していくためには資料を保管しておくことが大事なので,他の会社も保存活動を進めてほしいとエールを送った。


 スクウェア・エニックスでは,保管をプロジェクトとしたことで社内の認知も上がり,岡野氏のケースと同様に,資料を保管してほしいという申し出も来るようになったという。保管活動を継続することが大事であり,ここからの利益も金銭のみでなく広い視野で見て良いのではと三宅氏は語った。
 三宅氏たちの活動のおかげで,保存活動が文化事業として注目されることが増えた……と奥成氏。復刻系の仕事で表に出ていると,開発資料をもらってほしいとメールをもらう機会があったりするという。

 そうした中に「アウトラン」の企画書のようなお宝が混じっていることもあるため,社内で活動を継続することにより,保管への機運が上がるようなこともあるのでは,と活動を続けることと周知することの重要性を語った。
 また,過去の作品について調べたいが誰に聞けばいいか分からないというときは,奥成氏に案内を請う人が多いという。氏は「道案内をする,会社の交番」と自称するが,これも保存活動を続けて社内に活動が周知された結果といえるだろう。


 では,社内からは保存活動に対してどんな反応があるのだろうか?
 牧野氏のカプコンでは,そこまで賛成の声が目立つようなこともなければ,ネガティブなことをいわれることもないそう。だからといって無関心というわけではなく,成果を出し続けていくと他の社員が声を掛けたりもしてくれるのだという。
 生え抜きの社員にとって社内に資料があることは日常だろうが,中途採用で入社した自分にとっては「ファイナルファイト」など,子どもの頃にプレイしたゲームの資料が存在していることは非日常であり,同世代の人たちに見てもらいたいという気持ちが,資料を活用するうえでの原動力になっているそうだ。
 つまりは社内と社外では温度差が存在しており,これが資料保存にも影響があるというわけだ。

 セガでも同様の事例が見られたという。セガでは生え抜きの社員ほど「ヒットしても続編は作らない」「過去は振り返らない」というマインドセットを持っていたため,中途採用などで後から合流した人々が「なぜ過去を大事にしないんだ?」と驚くこともあるようだ。
 こうした人々の過去へのリスペクトが「メガドライブミニ」の企画や,「クレイジータクシー」などのリブートにつながったのだという。牧野氏の例と同様,資料の保存やIPの活用については,外部からの目も重要になっていきそうだ。
 また「SEGA Genesis Mini 2」で「レインボーアイランドEXTRA」を復刻する際,ROMを探していろいろと調べていくと「当時アメリカのケーブルTVでGenesisのタイトルを配信していたらしい」という意外な事実も判明したそうで,ゲーム史を研究する意味でも保存活動がいかに大事であるかが分かるだろう。

 その一方で,資料を発掘するためには社の歴史を知るベテランの知識も必要である。牧野氏が資料を探しに行った際,2003年に発売されたPS2用ゲーム「玻璃ノ薔薇」の開発資料が入ったダンボールが発見され,同行したベテラン社員がこれに反応した。中身を調べてみたところ,「モンスターハンター」の初期開発資料も収められていたというから不思議なものだ。
 社内の人間だからこそ「玻璃ノ薔薇」の価値を知っており,そこからさらなるお宝が出てきたということ。膨大な資料を総当たりするより,ベテランの知識と嗅覚に頼る方が確実なわけで,興味深い事例といえるだろう。

 トークはまだまだ盛り上がりそうな勢いだったが,時間が来たのでお開きに。三宅氏は「今回のセッションは,保存活動をゲーム業界全体でやるべきだという思いで行ったもの。自分たちも保存活動をやりたいという人は声を掛けてほしい」と呼びかけた。

 今回の講演で印象的だったのが,社内外の温度差と社史を知るベテランの大事さだ。社内での当たり前も,社外からはそうではなく,お宝が活用されていないこともある。その一方,牧野氏の例のように,ベテランの嗅覚で意外なお宝を発見できることもある。保存活動と資料の活用については,社外と社内の両方の視点が揃っているのがベストということなのかもしれない。

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