JX金属が1500億円投じて半導体特化の工場を建設(写真=JX金属提供)

半導体世界大手の台湾積体電路製造(TSMC)の日本進出が、長く冬の時代が続いてきた日本の半導体産業を変え始めている。国内で半導体サプライチェーン(供給網)の再構築が進む。世界で5割のシェアを握る材料分野も、投資が日本に戻ってきた。

茨城県ひたちなか市にある24万平方メートルという巨大な更地で10月、本格的な工事が始まった。工事関係者やトラックが頻繁に往来し、2025年度中の完成を目指して急ピッチで建設が進む。TSMCが進出した九州と、最先端半導体の量産を目指すラピダス(東京・千代田)が新工場を建設する北海道。日本列島の両端から放たれる半導体投資の熱気が、遠く離れた茨城県にも届いている。

半導体の微細な回路形成に使う金属材料「スパッタリングターゲット」で世界シェア6割を誇る、JX金属。24年3月には、ひたちなか市で建設を予定していた工場の投資計画の変更を発表した。22年3月の建設発表時はスマホなど向け材料も手掛ける計画だったが、半導体材料のみに転換したのだ。社長の林陽一氏はこう腹を決めた。「半導体向けの一大工場にする」

背景にあったのは、半導体事業の成長への確信だ。半導体の世界市場はスマホ向けが市況悪化などで23年には前年割れとなったが、長期的には先端分野を中心に伸びが期待できる。高品質が売りのJX金属には追い風だ。「半導体向けは目に見えて伸びている」(林氏)

「新工場を半導体向けの一大工場にする」と話すJX金属の林陽一社長(写真=的野弘路)

1500億円の投資額は同分野では過去最大となる。スパッタリングターゲット用の地金(インゴット)の生産能力は、27年度段階で23年度比6割増える見通しで、今後の拡張余地も残す。足元で急速に立ち上がりつつある半導体向けの次世代金属材料などの生産も検討する考えだ。時価総額7000億円規模と目される大型上場を25年に控え、半導体分野で成長する姿勢を鮮明にする。

JX金属は1985年、銅鉱山開発で培った金属を高純度にする技術などを生かして半導体向けに参入した。かつて日本が強みとしていた半導体メモリーの一つ、DRAM向けに材料を供給していた。2000年代から本格的に事業を拡大するが、国内の半導体企業が力を失う中で、主戦場は海外に移った。

地金を作る上流工程は国内のみだが、ネジ穴をあけるなど最終工程は顧客に近い台湾や韓国などに移管した。国内の最終工程の生産能力は事業継続計画(BCP)の観点で維持してきたが、稼働率は低下。ただ、足元で復調の気配も出てきた。

TSMCの熊本工場は年内にも量産出荷を始める予定で、ラピダスも27年の量産開始を目指す。先端半導体生産の国内回帰を見据えて、JX金属は着々と供給体制を整えている。

東京応化やSUMCOが新工場、九州で相次ぐ大型投資

サプライチェーンピラミッドの頂上に位置する半導体メーカーの積極投資を受け、素材や製造装置といった産業も新たなケイレツ構築へと動き出した。新規投資は全国で相次ぐが、TSMC進出のお膝元、九州では特に動きが顕著だ。

「あのタイミングで土地を押さえられていなかったらと思うと、怖くなる」。回路形成の際に使う「フォトレジスト」を手掛ける東京応化工業で材料事業本部長を務める山本浩貴取締役執行役員はこう振り返る。TSMCの熊本進出発表からわずか1カ月後の21年12月、種市順昭社長ら幹部が熊本県を訪れ、用地取得を内々に決めた。

半導体関連企業だけでなく、物流や住宅など幅広い業種による土地の確保合戦は激しい。ある中堅不動産会社の幹部は「少し出遅れたら、もう出物がなかった」と悔やむ。そんな中、東京応化はTSMCの工場から4キロメートルしか離れていない場所に13万平方メートルの広大な更地を確保した。

TSMCから4キロしか離れていない場所に東京応化工業は新工場を設けた(写真=東京応化工業提供)

阿蘇山麓に阿蘇工場(熊本県阿蘇市)を長く展開し、地元自治体など関係者とも良好な関係を築いていたことに加え、迅速な意思決定が奏功した。1980年代からTSMCと取引関係があり、「常に情報交換し、供給する製品や量から必要となる工場の生産能力を検討していた」(山本氏)。阿蘇くまもとサイト(熊本県菊池市)には、TSMCの第2工場を見据え、広い土地や建屋をあらかじめ準備した。洗浄工程に使う高純度化学薬品を生産し、認定が取れ次第、年明け早々にもTSMCへの納入を始める予定だ。

23年に半導体の世界市場が前年割れとなっても、「計画が揺らいだり、先延ばしするという議論はなかった」(山本氏)。不安なく計画通り進めたことで、近く供給を始められる体制が整う。

東京応化工業の山本浩貴取締役執行役員は「TSMCと常に情報交換している」と話す(写真=的野弘路)

主力のフォトレジストは3.8リットルのガロン瓶で供給するが、高純度化学薬品の方は使用量が多く大型のタンクローリーで運ぶ。輸送は難しく、物流コストがかかるため「地産地消の化学品」(山本氏)だ。消費地近くで拠点を確保できたメリットは計り知れない。

シリコンウエハー世界大手のSUMCO。佐賀の既存工場の増強と、2023年末に土地取得を決めた新工場に計4350億円を投じる。九州以外も検討したが、「優秀な人材が九州に集まり、流動性が高まるのも魅力」(同社)。TSMCの進出で関連産業が集積、優秀な人材も集まることでさらなる企業も進出する好循環が生まれ始めている。

(日経ビジネス 岩戸寿)

[日経ビジネス 2024年11月22日の記事を再構成]

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