銀行の貸金庫からの窃盗、証券会社での強盗殺人未遂事件、そして重要情報を入手し得る中枢部門職員によるインサイダー取引――。金融人による犯罪がなぜ、頻発するのか。当初は一個人の犯罪と映っていたが、背景を探ると、個人犯罪と割り切れないそれぞれの組織事情が透けて見える。「金融人、犯罪頻発のなぜ」は合計3回にわたり、原因に迫りました。
三菱UFJ銀行も野村証券も三井住友信託銀行も銀行、証券、信託業界のいずれも最大手です。3回を通じて分かったことは高い規律を持つはずの金融人に誇りが失われてしまったかのような現実です。ある金融人は「おごりがなかったか」自問自答していました。3人の記者に取材の舞台裏や問題意識も寄せてもらいました。
「性弱説」が必要な時代に
【記事はこちら】 ㊤貸金庫というパンドラの箱 開けた三菱UFJ銀行貸金庫からの窃盗事案を起こした支店長代理だった元行員は外国為替証拠金取引(FX)で多額の損失を抱えたことが不正に手を染めたきっかけのようです。いつ誰の金庫からいくら盗んだか克明に記録していたそうです。いつか投資で利益を出し、金庫に戻そうとしていたとしたら、過熱する金融市場に絡め取られた金融人の悲しい一面です。
株高も不動産価格高騰もストックを保有する資産家には恩恵が大きいですが、日々働く会社員の賃金とは直接関係しません。普段、富裕層を見る機会が多いメガバンクで働いていると、そのギャップを感じる機会は多いはずです。SNSには高給取りの銀行員を批判する書き込みが氾濫していますが、それでも心の隙が生まれている現実は見逃せません。
犯罪は許されるものではありませんが、人間の心の弱さを前提に組織を運営する「性弱説」を唱えていた弁護士の言葉に考えさせられました。
(玉木淳)
「ラストワンマイル」の重み
【記事はこちら】 ㊥野村元社員の強殺未遂、若手「お願い営業」脱却の矢先に取材をしていて思い出したのは、金融担当記者になりたての2019年7月に携わった「リセット金融営業」という連載企画です。「これが正しい営業手法なのか」と悩みながらも、成績のために自分をかわいがってくれる高齢顧客に足しげく通う20代銀行員の姿が脳に刻み込まれています(「いばらの道の『脱ノルマ』 高齢者の家族から苦情急増」)。
あれから5年以上がたち、業界は異なるにしても、今回の野村証券の事件に通底する問題を感じざるを得ませんでした。個人営業の主要な担い手が若手社員であることは現状も変わりありません。
野村証券の苦悩は深いです。2013年から預かり資産残高が生み出す「ストック収入」を数値目標に掲げ、顧客目線に立った資産の積み上げを重視してきました。23年度には富裕層に特化した営業体制へと変更し、担当者を3200人から4800人に増やしました。一段と高度な知識とノウハウ、コンプライアンス意識を浸透させる過程で起きたのが今回の事件でした。
プロを徹底的に突き詰めることが最大の解決策になるはずだと思い記事を執筆しました。今年は資産運用立国の旗の下、企業や投資家、アセットオーナーがそれぞれに資本を大きく動かす1年になりました。「ラストワンマイル」の届け手である営業担当者の方もまた、とても重要なピースを握っていると感じています。
(上田志晃)
「絶対はない」目線を
【記事はこちら】 ㊦三井住友信託インサイダー疑惑、中枢部門で崩れたモラルインサイダー取引が疑われる事案は証券取引等監査委員会などによって常に監視されています。しかし、金融業界の中枢でこれほど相次いだことは記憶にありません。
憲法では「良心に従い憲法および法律にのみ拘束される」と定められた裁判官、日本金融市場の要である東京証券取引所の職員――。「ありえない」個人がおこなった違法性が疑われる行為に、全ての金融人が危機感を抱いています。
金融商品取引法は途上の法律です。様々な取引形態に合わせ、公平公正な市場を保つために改正が重ねられます。
高い規律が求められる組織こそ「絶対はない」との目線で対策、啓発が不可欠です。日本市場が信頼を取り戻せるかどうか、分水嶺に立たされていると感じました。
(秦明日香)
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