高校教育において生成AI(人工知能)を活用した授業が広まりつつある。教科学習や探究学習に生成AIを取り入れ、基礎学力やIT(情報技術)リテラシーの向上に役立てている。一般社会においても生成AIにたけた人材が少ない中、高校教育の基礎理論や実践プログラムを社員のリスキリング(学び直し)に取り入れている企業も出ている。
「DXハイスクール採択校」に選定
「どうやったらボールが出てくるスピードが速くなるのだろう?」「なんて質問すればよいのかな?」。パソコンのディスプレーを囲んだ生徒たちによって闊達な議論が飛び交う岡山県立瀬戸高校。今、生成AIを活用した独自の教育で注目を集めている高校だ。
同校は2024年度から、文部科学省が高校段階でデジタル人材の育成を図るために必要な環境設備の経費を支援する「DXハイスクール採択校」となった。その中で、生徒が社会に出ても活躍できるデジタルリテラシーを身に付ける取り組みとして、生成AIを活用した指導をスタートさせた。
教育現場でハルシネーションは好都合
24年7月に実施した「探究ハッカソン」では1年生、2年生の生徒が生成AIを活用したゲームアプリの開発に挑戦した。あらかじめ用意されたプロンプト(質問文)を使って生成AIにプログラムを作成してもらい、指定のアプリ開発プラットフォームに打ち込んでゲームの土台をつくる。その後、ゲームの難易度を上げる、スコアやタイムを表示するなど、改良する指示を生徒たちは考え、思い思いの仕様にカスタマイズしていく。
どのように生成AIに質問すれば良い回答が返って来るのか、どのように生成AIと付き合えばよいかという感覚を生徒たちに楽しみながら身に付けてもらう狙いだ。生徒からは「どうしたらより面白くなるかを考え、何度も試行錯誤をして修正した。問題を見つけて修正する力が身に付いた」「AIとバランスよく付き合うことが大切だと知った」といった声が上がった。
教科学習にも取り入れられている。例えば古文の授業では、生徒が自身のタブレットから生成AIを活用して正しい古文の現代語訳を作る。生成AIに指示すると現代語訳が示されるが、ハルシネーション(幻覚)を起こし間違った内容が提示されることが多い。その前後の文脈などからどこが間違いか推察し、正しく直していく作業を繰り返す。
古文を指導する絹田昌代教諭は「生成AIにハルシネーションを起こしてもらうことで、精読する力や考察力が向上するほか、生成AIもよく間違うというリテラシーも身に付く。教育現場にとってハルシネーションは好都合だ」と話す。
DXハイスクール採択校になるにあたり、同校が教育DX戦略アドバイザーとして招いたのが社会情報学者で慶応義塾大学SFC研究所上席所員の笹埜健斗氏。SDGs(持続可能な開発目標)を経営や教育に応用するための「サステナビリティ学」の第一人者で、生成AIの領域にも精通する人物だ。同校では探究ハッカソンなどの戦略策定や教員がICT(情報通信技術)を活用できる研修などを支援する。
生成AIと友達になろう
笹埜氏が生成AIを活用した教育を効果的に進めるうえで重視するのは自身が開発した「FRATCサイクル」理論だ。
課題や理想と現実のギャップとなっているものを見つけ(Find)、必要な情報を受け取り(Receive)、それを整理・分析して考え(Think)、まとめを発表して生徒間で共有する(Communicate)。そして、どうすればさらに改善できるか考え行動に移す(Act with Ambitious)という姿勢を横串で通し、サイクルを回すことで学習の質が向上するという考えだ。この中で「情報収集」と「整理・分析」において生成AIを活用することで、効率良くより深い学びにつなげることができる。
笹埜氏は「経営学の視点を教育向けに落とし込む形でFRATCサイクルを作った。そして、なるべく手や身体を動かして生成AIとの付き合い方を理解してもらえるようにカリキュラムを工夫した」と説明。さらに、「今後生成AIが発展しても人間がやらないといけない仕事や、人間が学んで成長すべき局面はある。業務代行としての生成AIの使い方ではなく、自分のコーチやメンターとするような使い方を今のうちに学生に身に付けてほしい。私はよく『生成AIと友達のように接してみて』と言っている」と話す。
高校の生成AI教育メソッド、企業にも
本格的な生成AI教育をスタートさせて半年強にもかかわらず、取り組みに関心を持った他校や企業が視察に訪れたり、実際にデジタル人材育成の現場で同校の理論や実践プログラムを採用したりする事例も増えているという。
その1つが温暖化ガス(GHG)排出量を算出するソフトを企業向けに提供するbooost technologies(ブーストテクノロジーズ、東京・品川)だ。高度なITスキルやデータサイエンスに関する知識を有する人材を多数採用しているスタートアップ企業だが、業務効率化やAIを活用したソリューションの改善などのために全社的に生成AIリスキリングの必要性が高まっていた。
その中で青井宏憲代表が目を付けたのが笹埜氏の提唱するAI教育理論や実践プログラムだった。「技術者だけでなく、営業や開発部門など全員が生成AIを使いこなせないといけないと思っている。生成AIに関して様々なレベルの社員を教育するにあたり、高校教育で導入されている理論は分かりやすく、先進的なメソッドと感じた」と話す。
瀬戸高校と同様に探究ハッカソンを社内で開き、自ら解決したい課題に対して生成AIに回答してもらえるよう、情報のインプットやプロンプトの作成を実施した。
青井氏は「子供が大人をインフルエンスすることも珍しくなくなっている。学生や学校の先進事例を企業が吸収していくことは大事だ」と話す。
(日経ビジネス 濵野航)
[日経ビジネス電子版 2024年11月6日の記事を再構成]
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