企業の中で働く弁護士が増えている。日本組織内弁護士協会(JILA、東京・千代田)によれば2024年6月時点で約3400人おり、10年前と比べて3倍に増えた。以前は証券会社や保険会社がほとんどだったが、近年は業種を問わず様々な企業に弁護士資格保有者が在籍している。
社内弁護士を最も多く抱える企業が、LINEヤフー。その数は70人を超え、2位の三井物産(36人)を大きく上回る(24年6月時点)。
「難しい論点が多いなかで、法的な観点から問題を整理することが日々求められる。幅広い法律に精通する人材を一定数そろえておくことは、企業としての強みになる」。LINEヤフー法務統括本部長の土屋奈生氏は、社内弁護士の採用を強化する理由をこう語る。
同社の場合、個人情報保護法や独占禁止法、特定利用者情報への対応など、事業にダイレクトに関わる法律や規制が多い。ビジネスの方向性を示していくうえで、法的論点の整理は欠かせない。土屋氏は「すでに法的な理解があり、早く仕事につながりやすい部分はある。プラスに捉えない理由はない」と説明する。
法務部門以外でも社内弁護士を配置している。例えば自社のビジネスに関わる法律や政策について当局や有識者と議論したり、ルールづくりを働きかけたりする政策渉外部門だ。
LINEヤフーは23年に利用者情報などの個人情報の漏えいが相次いで発覚した経緯がある。情報管理体制の強化が喫緊の課題で、対策チームには社内弁護士も加わり法的な論点での交通整理を担っているという。
給与の差は縮小傾向
社内弁護士が増加している背景には、法務部門への期待の高まりがある。JILAの坂本英之理事長は「コンプライアンスに関わる不祥事で経営が立ち行かなくなる事例が実際に出てきていることもあり、コンプライアンスやガバナンスに対して、経営陣の認識が高まっている」と指摘する。
加えて、企業のビジネスの幅が広がり、法務部門以外でもM&A(合併・買収)対応や知的財産の管理など、法的な観点から判断できる人材へのニーズが高まっている。
弁護士側も意識が変わりつつある。かつては法律事務所で数年実務を経験してから、事業会社へ転職する流れが一般的だった。しかし、最近は司法修習後すぐに一般企業に就職する人も出てきた。
給与面では、法律事務所に所属するのと社内弁護士では「差が小さくなっている」(ある社内弁護士)。法律事務所に所属する場合は、基本的に個人事業主となる。社内弁護士であれば会社に雇用されるため、傷病など不測の事態を考えると安心感があるという。弁護士会への登録費用を会社が負担するケースも多い。
法務人材は経営層にも増えつつある。最高法務責任者(CLO)や法務担当役員に、弁護士資格保有者が採用される例も出てきた。
住宅設備機器を販売するLIXILは、14年からCLOが執行役として経営のかじ取りで重要な役割を果たす。20年には、グローバル全体で法務・コンプライアンス業務を統括する執行役専務として、社内弁護士経験が長い君嶋祥子氏が就いた。
経営層に法務人材がいることで、リーガルリスクに先回りして対応しやすくなる。海外法務部門の責任者である小泉宏文氏は、「法務のトップが経営陣の中にいるかいないかでは、法務としての動きやすさは全く違う」と強調する。
例えば契約締結の前日にいきなり契約書の確認が来たら、自社に不利な条件があっても、とっさに直せない可能性がある。案件交渉の当初から法務が関与していくことで、こうした事態を未然に防ぎ、リーガル視点を踏まえた最善の方向性を示すことができるという。
経済産業省は19年、研究会で企業の法務機能がどうあるべきかを議論した。そこでは「法務機能の強さが企業の生き死にを左右する一要素となりかねない」と強い危機感を持って企業法務の重要性が指摘された。
コロナ禍以降、企業を取り巻くリスクはさらに高まっている。法務機能、ひいては競争力を強化していくうえでは、社内弁護士に即戦力としてどう活躍してもらうかが要になる。
(日経ビジネス 齋藤英香)
[日経ビジネス電子版 2024年11月1日の記事を再構成]
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