黒崎代表は「チャットでのコミュニケーションが多く、対面での会話が少なかった」と振り返る

経費精算システムなどを手掛けるTOKIUM(トキウム、東京・中央)は、累計で2500社にサービスを提供する。黒崎賢一代表が学生時代の2012年に前身のBearTail(ベアテイル)を創業した。家計簿アプリで事業を展開したが収益化に苦しみ、創業メンバー3人をのぞき従業員が全員退職するという事態に陥った。黒崎氏は組織の崩壊をどう乗り越えたのか。

黒崎氏の起業のきっかけは「時間を少しでも増やすことが人々の助けになるのではないか」との思いだった。何にお金を使ったか簡単に管理できることで個人の時間の使い方も変わってくると考え、レシートなどの写真をスマートフォンで撮影して簡単に家計簿が作成できるアプリ「Dr.Wallet」(ドクターウォレット)を始めた。

収益化に苦戦で退職相次ぐ

より多くの人に良いサービスを提供しようと使いやすさを重視した。サービス開始から3年で利用者数は100万人を超え、順調に進んでいるように思えたが、アプリは無料だったため収益化の方法を確立できずにいた。

単価の安い広告ではコストに見合わず、大手企業の広告出稿が必要だった。ただ大手が広告を出すにはまだ規模が小さく、ユーザーを増やしつつ営業もしたが、形になるものはなかった。

当時は休日も働くなど無理に頑張ることが多かったという。不安定な状況下で新たな取り組みを試しても結果が伴わず、従業員の間に不信感が募るという負のスパイラルに陥った。黒崎氏が法人向けへの事業転換を提案しても、次も失敗するのではないかと周囲に信じてもらえなかった。

黒崎氏は「対面での会話を軽視していたかもしれない」と振り返る。記録に残らないからと社内ではチャットでの会話を重視し、信頼関係を育むためのコミュニケーションが不足していた。

黒崎代表㊨をはじめ、創業メンバーは全員学生だった

20人近くいた従業員は次々に辞めていき、創業メンバーの3人のみが残った。収益化できていないため資金調達もうまくいかなかった。黒崎氏は「期待して一緒に頑張ってくれた仲間たちと成功体験をつくることができなかった」と罪悪感にさいなまれた。

「良いサービスには社内の団結が必要」

完全に自信を失っていた黒崎氏だが、創業メンバーに「学生アパートの一室で始めて一緒にアウトレットの机を買いに行ったころより前進している。100万人以上の利用者もいる」と励まされた。収益化のメドは立っていなかったが「サービスを使っている人がいることは心の支えになった」(黒崎氏)。

創業時に買ったアウトレット品の机は、現在も社内の会議室で使っている

技術力やスキルは後から身につけることができるが、良いサービスをつくり続けるためには仲間同士が信頼して話し合える環境が重要だと気づいた。「チームワーク」や「カスタマーサクセス」など会社としてのバリューを定め、困難に直面してもチーム一丸となって乗り越えられるようにした。

バリューを定着させるために、グループディスカッション形式のワークショップを3カ月に1回の頻度で開催するようにした。新しい社員がなじみやすいように、全員で自己紹介を聞く時間も朝会に設けた。16年には現在の事業の柱である経費精算システム事業に参入し、従業員も徐々に増えていった。

ソニー子会社と組んで立て直し

黒崎氏は「営業や開発の部門を超えた一致団結ができるようになった結果、社員がより顧客を向いて仕事へ臨むようになった」と語る。社内で信頼関係を築ける環境をつくったことが、おのずと満足度の高いサービスづくりにつながったという。

家計簿アプリ事業も「チームワーク」で立て直しを図った。18年にソニー子会社のフェリカネットワークスと共同出資会社を設立。大手の信用力も生かすことで収益化にこぎつけた。

22年には「時を生む」という意味を込め、トキウムに社名変更した。3人から再出発した会社は現在、アルバイトなども含めて従業員数が500人を超えた。危機を乗り越え、組織を重視する働き方や価値観を定着させたことが黒崎氏のかけがえのない財産になっている。

(小山美海)

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