ガソリン税、数兆円の減収か

自民党の「新しいパートナー」としてにわかに注目されている国民民主党。選挙前から一貫して財政拡張的な政策を主張してきた。一つは玉木雄一郎代表の持論であるガソリン税の「トリガー条項」凍結問題だ。

ガソリン価格が一定値を3カ月連続で上回った場合、1リットルにかかる50円超の税額のうち約半分の課税を停止するのが「トリガー条項」。ガソリン価格上昇への対抗策として2010年度に導入された直後、東日本大震災の復興財源確保のために発動が凍結された。国民民主党は「ガソリン価格引き下げのためには凍結解除が必要だ」と主張している。

政府・自民党は「急な価格変動で流通の混乱を招く」などとして反対だが、国民民主に協力を求めるとなれば、この問題が再浮上してくるのは間違いない。もし凍結を解除してこの条項を発動した場合、国と地方では1.5兆円の減収になり、財源の手当てが必要になる。

ただ、関係筋によれば仮にトリガー条項を発動しても、現在の補助金を存続させない限り、ガソリン価格そのものに大きな変化はないのだという。このため、トリガー条項を発動して減税した後も、補助金を継続するべしという声が大きくなってくる可能性があり、そうなれば、財政負担は数兆円規模に拡大しそうだ。

日本国債の格付低下も

もう一つ国民民主党が主張しているのは、「103万円の壁」の打破だ。年間の給与所得がこの数字を超えると所得税が課税されるため、勤務時間を自主的に制限するなどの弊害があると指摘されてきた。

103万円は基礎控除と給与所得控除を合算した数字。同党はこれを178万円に引き上げるよう求めているが、控除額の大幅な拡大は事実上の減税となる。基礎控除などは多くの所得階層に適用されているため、財務省は国民民主党の主張が実現した場合、その影響額は8兆円に達するとみている。岸田文雄前首相が実施した1人4万円の所得税減税よりも大きな規模だ。

歳出に関する議論も歯止めが利かない状態になる。10月4日に経済対策策定を指示した石破茂首相は「国費13兆円が昨年の補正予算だった。きちんとした積み上げのもとで、それを上回る大きな補正予算を成立させたい」と言明した。霞が関や永田町では「相当大きなものになる」との共通認識が確立しており、20兆円台乗せも視野に入ってくるとみられている。

本予算を抑制的に編成し、巨額の補正予算を組むという手法が毎年のように続いていることは財政事情の悪化に拍車をかけている。24年度末で国債の残高は1100兆円を突破すると見込まれているにもかかわらず、だ。

しかし、今のところ真摯な財源論議は聞こえてこない。そもそも財政再建目標をこれからどのように仕組むのかへの関心も政治レベルではきわめて低いまま放置されている。

現在の「25年度基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)の黒字化」は達成が視野に入ってきた。ただ、これは財政再建が軌道に乗ったからではなく、物価上昇に支えられた経済の名目値が上昇してきたことに助けられた側面が大きい。

「PB黒字化」の最終的な成否が分かるのは25年度予算の決算が固まる26年秋ごろになるが、現在政府内で検討されている「次の目標」は「財政収支の黒字化」だ。PBは政策的経費が税収の範囲内で賄われているかを測る指標で、国債の利払い費は考慮の外。「金利のある世界」に戻っていく今後の財政運営を考えれば、国債費を含む「財政収支」が重要になってくる。ただ、政府内にはいきなり財政収支に焦点を当てるのではなく、とりあえず「PBの安定的黒字化」を次の目標にしてはどうかとの意見もある。

いずれにせよ、減税や歳出増の議論と同時に、野放図な財政をどう収束させるのかの議論を政治が始めねば、格付け機関による日本国債格付けの低下などさまざまな調整圧力が加わってくることになる。

難しい日銀の立場

日銀の異次元緩和を批判的に見ていた石破首相だったが、政権誕生後すぐに政府・日銀の「共同声明」を見直さないと表明した。さらに、日銀の植田和男総裁との会談後、記者団に「追加の利上げをするような環境にあるとは考えていない」とまで言い切った。また野党側にも日銀に早期正常化=利上げを期待する声はあまり強くない。与党惨敗という選挙結果を受けても、金融政策をめぐって日銀を取り巻く状況に変化はなさそうだ。

物価上昇率は2年以上、目標の2%を上回っている。そこにこれだけ巨額の財政出動や実質的な減税が加わることは将来的なインフレ要因の蓄積という側面がある。また、政治が日銀の利上げを阻止すれば円安に振れる可能性も。もし円安が進行した場合、一層の物価上昇圧力が日本経済にかかってくる。日銀の利上げを封じておいて、物価高対策を議論してもあまり意味はないだろう。

ただ、日銀側にも7月から8月にかけて市場への発信の仕方を誤り、混乱を招いたという負い目がある。植田総裁は、現在の政策金利の水準は中立金利(景気刺激にも引き締めにもならない金利水準)以下であり、仮に引き上げがあったとしても緩和基調は変わらない―と説明してきた。しかし、政治の世界はそうは受け取らない。物価動向をにらみながら官邸や永田町との間合いをどうとっていくのか。日銀は今後も、難しいかじ取りを迫られることになる。

重い貿易立国・日本の責任

衆院選の結果に関係なく、この秋以降、日本経済に最も大きな影響を与えそうなのが11月5日投開票の米大統領選挙だ。共和党候補のトランプ前大統領は、中国からの輸入品には60%、日本を含むほかの国からの輸入には10~20%の高率関税をかけると公約している。 

▽中国に60%関税をかければ、国際的な製造・流通・販売の流れが阻害され、日本などにも大きな影響を与える▽輸入関税の引き上げは米国でインフレを引き起こし、連邦準備制度理事会(FRB)が利上げに追い込まれる▽FRBが利上げすれば米景気の減速を招きかねないし、為替相場は円安に振れる──など世界経済は相当の混乱発生が予想されている。

石破首相は早ければ11月中にも次期大統領と会談できるよう模索しているようだが、共和党が勝利した場合、トランプ氏に関税賦課の断念を働きかけるという重い任務を背負っての会談になる。

また、国際的な通商体制の中心的存在である世界貿易機関(WTO)は、現在事実上の機能停止に追い込まれている。とりわけ米国の反対で本来なら7人必要な上級委員会のメンバーがゼロになってしまっている。同委員会は各国間の紛争処理で中核をなす組織。現在の状況は国際的な貿易ルールの喪失につながりかねない。

グローバル化の一翼を担う自由貿易の推進が各国で格差の拡大を招いたとの批判はあるにせよ、傍若無人にルールを無視して勝手な行動でWTOの機能をブロックすることが許されるはずもない。石破首相が続投するのであれば、貿易立国・日本のリーダーとして次期大統領をどう説得するのかが問われることになるし、その説得は日本経済の混乱を防ぐという観点からも大きな意味を持ってくる。責任は重い。

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