三菱電機モビリティ姫路事業所では、風通しのよい風土をつくるため、会議の在り方を見直した。言いたいことが言えて、考えがきちんと伝わる会議にするためのマナーを浸透させてきた(写真=山田哲也)

「意見してもムダでしょ」「仕事って、そんなものだから」。三菱電機モビリティ姫路事業所(旧・三菱電機姫路製作所)では数年前まで、そんなことを自嘲気味に話す社員が少なくなかった。

三菱電機では2021〜22年に197件もの品質不正が明らかになった。三菱電機モビリティの前身である三菱電機の自動車機器事業本部でも75件の不正が発覚した。

上意下達が強く、現場社員の意見が経営層に届かず、圧力も感じる。社員一人ひとりも目の前の担当業務に追われ、職場をより良くするための意見や提案を口にしない。言いたいことが言えない、言わない。そんな「言ったもん負け」と呼ばれる組織風土が、「おかしい」と思っても見て見ぬふりをする風潮を生み、大規模な品質不正の温床となった。

劣化していた組織

姫路事業所の変革活動を主導する井出朋氏。ありたい姿の「言語化」を取り組みの軸に据えた(写真=山田哲也)

仕事には、会社には、もっとワクワクできるはずだ――。姫路製作所の風土改革の道のりは、とある社員のこんな思いから動き出す。改革の鍵は、誰もが気兼ねなく意見できる「心理的安全性」を取り戻すことだった。

21年10月、三菱電機は全社的な組織風土改革のために漆間啓社長直下の「チーム創生」を設立した。若手・中堅社員45人から成るチームのメンバーに、姫路製作所から選ばれたのが井出朋氏。それまで自動車機器向けの材料の評価や、EV(電気自動車)モーターの品質管理などを担ってきた。

約8000人が働く姫路製作所をどう変えるか。井出氏はまずアンケートや面談で社員の声を聞いた。そこで感じたのは、姫路製作所が「価値」をつくる組織として「想像以上に劣化していた」(井出氏)ことだ。楽しく、ワクワクする仕事をするための変革活動だと取り組みの意図を説明すると、多くの社員が「仕事は楽しむものではないだろう」と冷笑した。

「このままでは姫路が変われない」と考え、井出氏が立ち上げたのが、全社的な改革とは別に姫路だけで展開する「変革プロジェクト」。まず10人をメンバーとし、業務時間の20%をプロジェクトの活動に充てられるようにした。今ではメンバーが40人弱に増え、各部門では250人が「変革推進者」として協力している。

組織風土や社員一人ひとりの考え方を変えるには、変わった先の姿を具体的にイメージしてもらう必要がある。そこで井出氏は心理的安全性について学ぶワークショップや、様々な部門の社員が参加する意見交換会などを開催。そこで会社や自身の「ありたい姿」をイメージしてもらい、1人ずつ具体的な言葉に落とし込んでいった。

「上司の良い点」のフィードバックというユニークな取り組みもある。各部の部長と話す中で、井出氏が感じたのが「部長は孤独だ」ということ。自分の何気ない言葉が、部下を萎縮させていないか。煙たがられ、距離を置かれているのではないか――。部長たち自身も心理的安全性を感じられずにいた。

そこで井出氏は、部長と面談する前にその部下から「部長にやってもらって良かったこと」などを聞き取り、本人に伝えることにした。「離席する際、真っすぐ出て行かずに、ウロウロして部下を気にかけている」「会議が終わった後に『さっきはごめん』と声をかけてくれた」。そんなささやかな感謝の声をこまめにフィードバックすることで、「部長たちの表情が徐々に明るくなっていった」(井出氏)。

こうした意識改革の一方で、仕事の効率化を目指す業務改革もセットで進めた。社員一人ひとりの業務負荷が大きいことが、周囲に目配りする余裕を奪い、風通しの悪さにつながっていたからだ。

重点的に見直したのは、コミュニケーションの要となる「会議」だ。新たに「講評」制度を設けた。会議の冒頭で指名された講評者が最後に、時間配分が適切だったか、全員参加の会議になっていたか、などの点を振り返る。

会議の場などで率直に意見が言える環境作りを進めてきた(写真=三菱電機モビリティ提供)

「『そこじゃない…』本題入れず時間切れ」。親しみやすい標語とイラストを交えた注意書きを会議室に掲示し、時間や人員を無駄にしない「スマートな会議」を呼びかけた。予定時間を超過する会議が減ったほか、発言の機会がなさそうな人は参加を控えるようになり、時間的な余裕が生まれた。

23年度の上期と下期に姫路製作所で実施した従業員エンゲージメント調査の結果を比べると、総合的なスコアのほか「経営幹部への信頼」などの数値が改善。会議への満足度も上がっている。

特に井出氏が改善を実感したのが、心理的安全性について「課題があるか」というアンケートだ。23年8月の調査では「非常に課題がある」と答えた人が38%、「全く課題がない」が29%だったが、24年3月はそれぞれ54%と19%に変わった。悪化しているように見えるが、井出氏は「仕事ってそんなものだと諦めるのではなく、会社を良くしたいという意識が浸透してきている結果だ」と捉えている。

「この人、何言ってるのかな」

「この人、何を言っているのかな」。三菱電機にチーム創生をつくり、現場の社員に組織風土改革を担わせる。こんな漆間社長の考えを聞いたとき、当時経営企画担当役員だった加賀邦彦・現三菱電機モビリティ社長は疑問を感じた。危急存亡の秋(とき)はまず、トップが会社をどう変えるのかを示すべきだと考えたのだ。

「私にも当時は心理的安全性がなかった」と振り返る加賀氏。疑問を口にできず、漆間社長の指示通りにメンバーを集めた。そしてメンバーの考えを聞くうちに、自分が間違っていたことを悟る。「会社の課題を語れる勇気ある人が三菱電機にはいたが、様々な部署に散らばっていたために大きな声にならなかった」(加賀氏)だけだと実感した。社員同士、あるいは部下と上司が意見を交わす場を作れば、こうした課題は解決できる。

取り組みの成果が評価され、人事関連サービスのZENTech(東京・千代田)が運営する「心理的安全性AWARD2024」で、三菱電機モビリティは最高評価の「プラチナリング」を獲得。風土改革に関する他社からの問い合わせも相次ぐ。企業風土の劣等生は失敗と向き合い、一回り大きくなった。

(日経ビジネス 松本萌)

[日経ビジネス電子版 2024年8月27日の記事を再構成]

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