欧州で飲料を買うと、「あれ?」と感じるかもしれない。キャップや蓋が外れないのだ。正確に言うと、容器とキャップ(蓋)が「ひも」で結ばれて一体化しており、分離できないようになっている。
特定の商品だけではない。3リットル以下のすべてのペットボトル・紙パック飲料に対し、容器一体型の「テザードキャップ」採用を義務付ける――。欧州連合(EU)が2024年7月3日から施行した新しいルールである。
キャップを外せなくすることでポイ捨てを防ぐ。プラスチックキャップの回収率を上げ、リサイクルを促進しようという試みだ。この規制は日本からの輸入品にも適用される。つまり、欧州で飲料を販売しようと思ったら、必然的に容器を刷新しなければならない。
「甘くないお茶」で欧州本格デビュー
施行から1週間余りたった7月中旬。フランスのパリ近郊で開かれた「Japan Expo(ジャパンエキスポ)」に、おなじみの緑のパッケージがずらりと並んでいた。伊藤園の「お〜いお茶」である。
日本のアニメやマンガ、ゲームをこよなく愛するフランス人たちが4日間で20万人以上も詰めかけたこのイベントで、伊藤園はお〜いお茶のサンプリングに挑んだ。
実はこの2週間前、独西部デュッセルドルフで開催された日本のアニメイベント「ドコミ」にも伊藤園はブースを構えた。目的は同じ。来場者にお〜いお茶を試飲してもらうためである。
両会場で配られたお〜いお茶は、330ミリリットルの紙パック容器で、キャップは容器にくっついていた。「EUの規制に対応するため、現地生産を急いだ」と明かすのは、伊藤園ヨーロッパ代表の鈴木彰斗氏だ。
伊藤園ヨーロッパは4月1日、伊藤園初の欧州拠点としてデュッセルドルフに設立したばかりの新会社である。EU規制をクリアするため、スイスの紙容器大手テトラパックにお〜いお茶の紙パックの生産を委託。原料も欧州の品質基準に合わせて見直した。パッケージと原料を一新した「EU仕様」のお〜いお茶の流通が、今まさに始まったところだ。
鈴木氏によると、もともとEUの規制強化を見据えて、お〜いお茶の生産をどうするか、社内で議論を続けてきたという。日本から新たな容器に詰めて輸出するという手も確かにあったが、開発コストがかかる上、輸送費高騰も重荷となる。それならば、テトラパックから包材を調達しやすい欧州で現地生産し、拡販態勢を整えるべきだと判断した。
同時に現地法人を設立したのは、欧州での営業力を強化するためだ。きっかけは23年10月、独西部ケルンで開かれた欧州最大の食品見本市「アヌーガ」に出展したこと。「そこで緑茶のポテンシャルを感じ、法人化の話が急速に進んだ」と鈴木氏は振り返る。鈴木氏は当時、国際営業部に所属し、欧州をはじめ、中東、アフリカの営業を担当していた。欧州におけるお〜いお茶の販売がここ数年、少しずつ伸びてきたのを肌で感じていたという。
「砂糖税」が追い風に?
伊藤園は「本物の日本茶」を世界に広げることを経営目標として掲げてきた。しかし、欧州を含む世界各国では「容器入り飲料は、甘いもの」というのが常識だった。お〜いお茶は、この食習慣の壁に阻まれ、海外展開に苦戦してきた。ここに来て攻めに転じたのは、いよいよ潮目が変わったと捉えたからだ。
日本食のブームが欧州で「成熟期」(鈴木氏)に入り、一過性ではなく食習慣として定着し始めている。さらに、新型コロナウイルス禍を経て消費者の健康志向が高まり、欧州で市販されている清涼飲料水の砂糖含有量も明らかに減少傾向にある。
このトレンドを後押ししているのは、医療費負担の軽減を目的とした「砂糖税」だ。砂糖の含有量の多い飲料には税を課す仕組みで、フランスや英国、ポルトガルなど欧州各国が雪崩を打つように導入している。例えば英国では、100ミリリットル当たり砂糖が5グラム以上含まれている飲料は課税される。そのためスーパーや売店の店頭には、課税回避を狙って砂糖の量を減らした飲料が並ぶようになった。
お〜いお茶に、強い追い風が吹き始めたのだ。「無糖」を強調するため、新しいパッケージには「Oi Ocha Unsweetened Green Tea」と記した。健康飲料へのニーズが拡大していることを背景に、「甘くないお茶」で売り込む作戦に出た。
「欧州にも、ホットティーを飲む文化はある。現地のスーパーにはティーバッグが多く並んでいる一方、ペットボトル入りのアイスティーはどれも甘い。お〜いお茶は『アイスティーなのに甘くない』という新ジャンルとして受け止められる。マーケットにないので、非常にチャレンジングだなと思う」と鈴木氏は力を込める。
伊藤園は現在、40以上の国と地域でお〜いお茶を販売しているが、5年後の29年4月期にはこれを60以上に、41年4月期には100以上に引き上げることを目指す。その一翼を担うのが欧州だ。EU加盟国は27あり、各国で言語対応を進めながら販路を広げる。
「大谷翔平効果」が通用しない欧州
世界での販売拡大を狙って4月30日には、米大リーグの大谷翔平選手とグローバル契約を結んだ。「いつの日も、僕のそばには お茶がある」。茶畑の中、お〜いお茶を持つTシャツ姿の大谷選手の広告は日米で脚光を浴びたが、欧州では驚くほど知られていない。大谷選手自身が無名に近い存在だからだ。
サッカーが絶大な人気を集める欧州で、野球はマイナースポーツにとどまっている。ニュースで大リーグが話題になることはほとんどなく、大谷選手の名前を目にすることもない。今回のジャパンエキスポで伊藤園は大谷選手の特大パネルを持ち込んだが、「(大谷選手を)知っていたのは数人しかいなかった」(鈴木氏)。サンリオのキャラクター「ハローキティ」とコラボしたトートバッグ目当てで訪れる来場客のほうが目立ったという。欧州独自のマーケティング戦略の必要性が浮き彫りになった。
文化や言語の違い、認知度アップなど課題は多いが、欧州市場は未開であるがゆえに、伸びしろが大きい。今後は、現地生産で新商品を拡充するとともに、ティーバッグや粉末状の緑茶、抹茶は日本からの輸入で流通量を増やしていく。EUを離脱した英国でも拠点の開設を検討しているという。
伊藤園が海外展開に乗り出したのは01年。米国に販売子会社を設けたのが始まりだった。連結売上高4538億円のうち、現在の海外比率は11.7%(24年4月期)。まだ業績のけん引役には育っていない。24年4月にはベトナムにも現地法人を立ち上げるなど、「世界のティーカンパニー」への脱皮を狙う。
「キッコーマンさんが、しょうゆをこれだけグローバルに広げられたように、我々も日本茶を象徴するブランドになれるよう世界で頑張っていきたい」と鈴木氏は意気込む。日本で圧倒的なシェアを誇るお〜いお茶は、海外でも飛躍できるか。欧州で成功できるかどうかが、世界企業化への絶対条件となる。
(日経BPロンドン支局長 酒井大輔)
[日経ビジネス電子版 2024年7月31日の記事を再構成]
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