タクシーの助手席や後部座席といった空いているスペースを有効活用したい――。タクシー不足をきっかけに始まった日本版ライドシェア。タクシーのようにドアツードアで移動でき、バスのように他の乗客と一緒に乗せることができれば、輸送効率は高まる。バスとタクシーのいいところ取りをした「相乗りタクシー」サービスはエンジンがかかり始めた。
7月下旬、東京・大手町から羽田空港まで空港送迎を依頼した。熱い日差しが降り注ぐ昼、紺色のハイエースが指定地点まで迎えに来た。
使ったのは2017年に創業した「NearMe(ニアミー)」(東京・中央)。全国で空港やゴルフ場への輸送を展開する。複数組を乗せて効率を上げる。乗客はタクシーを単独で乗るより料金が安くなる。
羽田空港に向かう車内には野球観戦で上京していた福岡在住の家族5人が乗っていた。ニアミーの空港輸送は3度目。インターネット広告で見つけて利用を始めた。
予約した牟田亜紗美さん(37)は「大人数で利用するのでハイエースのような大きな車両を手配できるのがいい。料金も定額で使いやすい。公共交通機関の3倍までの料金なら、使うことを考える」と笑顔だった。
ニアミーは交通機関別に空港輸送の料金を示す。新宿から羽田空港(約20キロメートル)の場合、ニアミーは相乗りで1人あたり2980円。リムジンバスの2倍強かかるものの、ドアツードアで移動できる。タクシーを単独利用した場合より、4割ほどに抑えられる。
「空港は年3億人以上が使う施設。移動需要が多く、マーケットは大きい」。ニアミー創業者の高原幸一郎社長は始めた理由をこう説明する。
楽天で物流事業を立ち上げた高原社長が事業を思いついたきっかけは、身近に起こった出来事だ。埼玉方面にある自宅へ帰る途中、最終バスを逃した人でタクシー乗り場に列ができていた。帰宅方面はほぼ同じなのに、タクシーに乗るのは1台に1人と非効率。「もったいない」と感じた。
「タクシー台数が限られていても、シェアして乗れば安くなり待ち時間は減る。タクシー会社も複数組を乗せた方が走行距離が伸びてうれしいはず」。地域課題を解決でき、社会にインパクトを残せる仕事をしたいと思っていた高原社長は起業を決意した。
ハイヤー会社と組んで19年、需要の多い空港輸送を始めた。新型コロナウイルス禍もあり、当初は利用者の伸びが鈍かった。5類以降後は、増加ペースに弾みがついている。
直近1年ほどで35万人が利用し、サービス開始からの累計予約人数は85万人に達した。ニアミーは年内に累計利用100万人達成を目指す。送迎する空港も羽田のほか、成田や新千歳、中部国際、関西、福岡、那覇など16空港に広がる。
ベンチャーキャピタルのほか、交通と縁遠く映る大林組やJ・フロントリテイリングなども出資する。累計調達額は約28億円になった。
ニアミーは売上高を公表していないものの、デロイトトーマツグループが3月に発表したテクノロジー・メディア・通信業界の売上高に基づく成長率のランキング「Technology Fast 50 2023 Japan」によると、22年12月期の売上高は20年12月期比5.5倍。9位に輝いた。
遠い黒字化
最終赤字は続く。官報によると、23年12月期の最終損益は7億4500万円の赤字(前の期は3億6900万円の赤字)。先行投資がかさむ。
本丸の相乗りタクシーは日の丸交通(東京・文京)と23年12月、東京都心6区(新宿、千代田、渋谷、港、中央、江東)を乗車地点とし、運行時間帯を夜間早朝時間帯に区切りスタートした。24年6月から23区全域で乗車が可能となり、24時間対応にもこぎ着けた。乗車料金は相乗りの組数に応じ、最大でタクシーの半額に収まる。
日の丸交通の富田和孝社長は「タクシー代をもったいないと思う若い人たちにシェア乗りサービスは刺さるんじゃないか」とみる。タクシーの1回あたりの乗車人数の平均は約1.3人に対し、ニアミーは相乗りタクシーの1回あたり乗車人数が2倍以上としている。
一般運転手による自家用車での有償旅客運行「日本版ライドシェア」が4月から一部解禁した。タクシーの不足する時間帯や場所に限り、タクシー会社が雇用する運転手が運行できる。海外と異なり、タクシー会社が介在するため「日本版」と呼ばれる。タクシー業界は安全面などを理由に、全面解禁に反対する。
富田社長もライドシェアの全面解禁には慎重だ。「2種免許を持つタクシードライバーを大事にしていきたい」からだ。
「見ず知らずの人と狭い車内」どうする?
タクシー相乗りの先行きを不安視する識者もいる。交通分野が専門のSOMPOインスティチュート・プラスの新添麻衣上級研究員は「日本人にとってはあまり得意なタイプのサービスではないと思う。見ず知らずの人と狭い車内を共有できるのか」と冷ややかだ。
高原社長は「通勤時間帯の電車は知らない人との距離が近い。座席が決まっている上に、スペースも確保されている相乗りタクシーは何の問題もないはず」と反論する。
加えて「乗客はニアミーで特定できていて不特定多数じゃない。何かトラブルがあればその人をサービスから退会させるようなこともできる」とも強調する。
1台あたり平均で3人以上が乗る状態であればおおむね事業として成り立つとする。ただ相乗りの頻度については公表していない。高原社長も「ビジネスモデルを確立させるには、あと1年ぐらいはかかりそう」と認める。
記者の同僚は8月上旬、東京都文京区の自宅から羽田空港まで家族で利用したところ、目的地まで貸し切り状態だった。同僚の40代妻は「7周年キャンペーンもあり、通常の半額以下と安かったので利用した。正規料金だったらさすがに手が出ない」と語る。通常7480円かかるところ、3480円で利用できた。
東京ハイヤー・タクシー協会によると、21年度の東京都心部の交通機関別輸送人員(定期外)で、ハイヤーやタクシーの輸送人員は4.7%にとどまる。鉄道や地下鉄利用(78.3%)が最も多い。全国でのハイヤー・タクシー比率は3.5%とさらに下がる。
価格面もポイントだ。ニアミーが21年に手がけたアンケートによると、相乗りタクシーがタクシー料金(迎車料金420円込み)の半額で運行した場合の利用頻度を聞いたところ「月に1回の利用」が38.3%。「週に1回の利用」も30%いた。
ニアミーの相乗りタクシーは地方にも広がる。山形市内では自治体と組み、高齢者の買い物や通院に使える相乗りタクシーを24年3月に始めた。相乗りとはいえ、顔見知り同士の確率が高まる地方は、他人と乗りたくないという抵抗感は限られる。サービスが浸透する可能性もある。日の丸交通も相乗りしやすい車内をより大きくした専用車を検討中だ。
「あらゆる移動シーンで『シェア乗り(相乗り)でしょ』『まだ1人で乗っているの?』と言うカルチャーを作って当たり前にしていきたい」。私のそばのサービスになるべく、高原社長は奔走する。
(鷲田智憲)
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