解散消滅の危機を乗り越え、復活を遂げた労組がある。
遡るほど約10年の2012年、三井物産労働組合(MPU)は加入者の減少や執行部の担い手不足などを理由に、組織消滅の危機に陥っていた。賃上げに関しても、成果主義に基づいた報酬体系の導入で、一律にベアを求めることが現実的でなくなっていた。
解体の危機を受け、労組の新たな役割とは何なのか、考える日々が続いた。ゼロから議論を重ねた結果、行き着いたのが「ベア獲得重視の組合ではいけないという考え」だったとMPUの松井公行委員長は当時を振り返る。
会社にとって従業員は重要なステークホルダー(利害関係者)だ。松井委員長は「その代表たる組合の意見を経営陣がないがしろにしては、会社の成長は見込めない」としつつも、従業員の価値観や働き方が急速に多様化する中で、会社側が従業員一人ひとりに寄り添うのも簡単でないと感じていた。
ならば現場に近い労組が、従業員のニーズや要望を丁寧にすくい上げて経営層に提言し、併せて具体的な問題解決策まで提案できればいい。会社の中長期的な成長に寄与する活動を労組の主軸に据えれば、組合員の利益の最大化にも結びつくはずと考えた。
組合活動の成果を測るのは、会社への信頼や愛着度合いを示す「従業員エンゲージメント」だ。
アンケート結果を基に従業員エンゲージメントスコア(eNPS)を独自で算出し、MPU専従者が課題を分析する。そして経営陣と真っ向から議論を繰り広げる。
課題見つけ改善策を提案
人事・人材マネジメントに精通した組合執行部は、経営にとって手ごわいが頼りになる相手にもなった。実際、MPUはeNPSなどを武器に、問題点を指摘するのみならず、改善につながる提案を行い、実現につなげた。
従業員が始業・終業時刻を自由に決められる「フレックスタイム制」の導入はその成果の一つ。新型コロナウイルス禍では「育児しながらの在宅勤務は負荷が大きい」という組合員の声を受け、アンケートを実施。その結果を分析して会社側に改善策を提案し、育児などの際は業務を一時中断できる制度を実現させた。
さらに副業の解禁についても経営陣に直談判している。会社外で個人の能力を高めることは、会社の成長にも貢献するはず。そこで経営陣と協議を重ね、23年1月からは許可を得れば副業が可能になった。こうして組合員の声を次々に制度として実現することで、MPUはかつてのような求心力を取り戻すことに成功した。
会社や組合員を取り巻く環境は刻一刻と変わっていく。対立ではなく、対話を通じて経営課題を乗り越える。そんな新しい形の「共闘」をMPUの事例は示してくれる。
多様な性を表すアクセサリーの着用許可求める
職場の様々な声を吸い上げられる労組にとって、ダイバーシティー(多様性)への取り組みは得意分野の一つとも言える。企業としても多様性を確保できなければ深刻化する人手不足への対応はおぼつかないだけに、労組の役割が期待される。
労組を活用してLGBTQなどの性的少数者が働きやすい環境をつくろうと動きだしたのが、スターバックスコーヒージャパンの店舗で働く若者たちだ。23年11月、20代の従業員を中心に「スターバックスユニオンジャパン(スタバユニオン)」が結成された。
「『お姉さん、おすすめのドリンクありますか〜』。そんな何気ないお客さんの一言に傷つくパートナー(従業員)もいる」。都内の店舗で時間帯責任者を任されている組合員の小野関友佳氏はこう話す。そこでスタバユニオンは、多様な性を表すバッジなど、アクセサリーの着用許可を求めている。
会社側は異物混入や衛生面での懸念から、アクセサリー着用の許可には及び腰。だがスタバユニオンは粘り強く交渉を進めている。
米国発祥のスタバが日本に上陸したのは1996年。2023年末には店舗数が1901店まで拡大し、パートナーの数も約6万人に上る。
これだけ多くの従業員を抱えながら、労組の発足が遅れたのは、パートナーが学生を中心とした非正規の若年層で占められていたからだ。「特に学生は働く期間が決まっている。職場に問題があった場合、声を上げずに我慢するか、あるいは辞めてしまう傾向にある」。スタバユニオンを支援する首都圏青年ユニオンの担当者は話す。
一方、職場の改善に乗り出したスタバユニオンは留学後の復職制度の確立も求める。スタバの従業員は勤務期間やスキルに応じた階級が定められている。現行の制度では、退職から1年以内の復職であれば階級を引き継げるが、それ以上の離職期間であれば、リセットされてしまう。「これでは、多様な経験を積んだ学生を引き付けられない」と小野関氏は話す。
今後は、スタバのみならず他社も含め全国のカフェで働く従業員に労組への参加を呼びかける。
若者離れが叫ばれる日本の労組で、20代のアルバイトらが立ち上がった意義は大きい。彼らの問題意識に耳を傾け、働きやすい環境整備に努めれば、飲食・サービス業の最大の課題ともいえる、人材定着に向けた一手を打てるはずだ。
(日経ビジネス 小原擁、齋藤徹)
[日経ビジネス電子版 2024年2月28日の記事を再構成]
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