曲がり角に来た太陽光発電

二酸化炭素など温室効果ガスの削減に向けて、政府が力を入れてきた太陽光発電が曲がり角を迎えている。電力会社に高めの価格で電気を買い取らせたり、自治体が独自の補助金を出したりして太陽光パネルを普及させてきたが、立地を巡り近隣住民との間で、トラブルが目立ち始めた。


土砂とともに流出した太陽光パネル、提供:経済産業省

総務省の調査によると、太陽光発電の普及が進む全国の市町村のうち、4割で何らかの問題が発生。地価が安く、太陽光が当たりやすい傾斜地に設置された発電施設では、大雨で土砂が流出する被害が続出したり、「パネルの反射光がまぶしい」など苦情が上がったりする。発電事業者が事前に地元住民に十分、説明していなかったため、設置後にトラブルが起きるケースも後を絶たない。

「2050年にカーボンニュートラル(二酸化炭素排出の実質ゼロ)」を目指す政府は、中間目標として、30年の太陽光発電の割合を19年度の倍以上の14~16%に引き上げる方針を示している。だが、資源エネルギー庁の資料によれば、国土の狭い日本では、平地面積当たりの発電能力を示す太陽光設備容量は主要国の間で群を抜いて多く、もはや設置余地が限られているのが現状だ。

異例の猛暑や豪雨など気候変動は一段と厳しさを増している。温室効果ガス排出の8割以上はエネルギー分野が占めるが、度重なる震災で原発の再稼働に大きな不安を残しており、再生可能エネルギーをいかに伸ばせるか知恵が問われている。

場所を選ばない

こうした中、薄いフィルム状の「曲がる太陽電池」の開発が注目を集めている。

半導体に光を当てると、電気が発生するという性質を利用したのが太陽電池の原理だ。既存の太陽光パネルは、割れやすいシリコンを発電素材とし、ガラス板で保護する分、1平方メートル当たり10キロ程度と重い。これに対し、新型電池はフィルムの上に、ペロブスカイトという特殊な結晶構造を持った化合物の発電素材を「塗る」だけ。表裏を保護材でカバーするが、ごく薄く、曲げることができる。重さも従来のシリコン太陽電池の10分の1と軽い。

このような特性は従来型と異なる用途を生み出せるので、メーカーは開発にしのぎを削っている。2025年に商品化を控えた積水化学工業は、さまざまな業種の企業や自治体から問い合わせがひっきりなしに続き、対応に追われている。

当初の販売価格は高くなると予想されるものの、「将来は炭素税が導入されるかもしれないと考えたら、新型太陽電池を入れた方が安いとか、企業価値の向上や社会的責任を意識する大企業もある」と、同社PVプロジェクトヘッドの森田健晴氏は話す。


「曲がる太陽電池」の試作品を手にする積水化学工業の森田健晴氏(筆者撮影)


東京・内幸町1丁目街区開発プロジェクトで建設予定の高層ビル完成予想図、提供:東京電力パワーグリッド

既存のシリコン太陽電池を設置できず、さらに日照の多い場所として新型太陽電池メーカー各社が注目しているのが、工場や倉庫などの屋根だ。薄くて耐荷重が低いため、軽量の新型太陽電池を置きたいユーザーが多いという。積水化学が、東京港の玄関口の東京国際クルーズターミナルで実証実験しているように、曲がる特性を生かして、柱のような曲面にも貼り付けることができる(バナー写真参照)。

垂直な壁面も従来の太陽電池では考えられなかった盲点だ。東京・日比谷(内幸町1丁目)の再開発地区で2028年度に完成予定の43階建て超高層ビルは、外壁の内側に同社の新型太陽電池を導入し、「発電するビル」となる。1000キロワット強の発電量を見込む。

家屋の壁も利用できる。豪雪地帯では屋根上の太陽電池は機能しなくなるが、外壁に貼れば、つかの間の晴れた日に反射光で発電は可能となる。

2050年の夢

「曲がる太陽電池」は生産当初、工場の設備投資や減価償却費がかかり、販売価格は高くなる。しかし、量産できれば、やがてコストは下がり、導入しやすくなる。2025~30年度の早いうちに発売予定の東芝エネルギーシステムズは、2050年までに都市部のあらゆる場所に設置可能になると考えている。


「曲がる太陽電池」を都市部に設置する将来ビジョン図、提供:東芝 Copyright©2021-2024 TOSHIBA CORPORATION, All Rights Reserved.

値ごろ感が高まれば、応用範囲も広がる。同社によると、人手不足に悩む農業分野では、ビニールハウスに「曲がる太陽電池」を置き、温度・湿度制御やドローンによる農薬・肥料散布の自動化で、省力化を図れるという。このほか、災害時には床に広げて緊急電源となる「巻ける太陽電池」の開発も考えられる。


東芝エネルギーシステムズは東京都と、ビニールハウスでの「曲がる太陽電池」の実証実験を行った。提供:東京都農林総合研究センター

東芝はまた、「自然光がある程度入り込めば、室内でも『曲がる太陽電池』は発電可能」(次世代太陽電池事業戦略グループ長・櫻井雄介氏)とし、東京都とともに室内での発電効率の検証に取り組む。窓辺やカーテンウォールなど陽が差し込む場所の利用が期待される。

一方、太陽電池は、電気自動車(EV)が万が一の電気切れの際、補助電源としても活用できる。既に一部のハイブリッド車にはオプション仕様として、シリコン太陽電池が屋根に搭載されているが、「曲がる太陽電池」を使えば、はるかに軽量のため、「電費」(ガソリン車の「燃費」に相当)が良く経済的。京都大学発のスタートアップ企業、エネコート・テクノロジーズはトヨタと共同で車載用の新型太陽電池を開発中だ。

エネルギー安全保障

太陽光発電を含め再生可能エネルギーの普及は、エネルギー安全保障にもつながる。

火力発電が中心の日本のエネルギー源は石油、石炭や天然ガスなど化石燃料の輸入に依存。自給率(2021年度)は13.3%と、経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国中37位に沈む。ロシアのウクライナ侵攻で原油は高騰し、日本経済は大いに苦しめられてきた。地政学リスクの悪影響を避けるためにも自給率の向上は欠かせない。

また、従来型の太陽電池の発電素材であるシリコンは、大半が中国産。これに対し、「曲がる太陽電池」の主な発電素材は、日本が世界2位の産出量を誇るヨウ素だ。米中対立から半導体の供給に支障が出たのとは違い、国産素材であれば、サプライチェーン(供給網)が途絶える恐れはなくなる。

電力の「地産地消」

猛暑など気候変動が一段と激しくなる中、電気代の高止まりは家庭や企業にとって切実な問題だ。消費地から遠く離れた火力発電所などから運ばれてくる電気は元々、送電網を含め巨大な設備を必要とするので高くつく。これに対し、太陽光発電のような「地産地消」型電力は本来安くなる。さらにエネルギー源を見ても、太陽光は化石燃料と違いタダだ。

積水化学の森田氏はこう言う。「量産体制に入れば、商品は安くできるので、いずれ一般家庭用にも販売できるようになる。単体では既存のシリコン太陽電池より高いものの、設置から廃棄までのトータルコストで見れば、安くできる」

東芝の試算によると、「曲がる太陽電池」(光を電気に変える変換効率15.1%)を東京23区内の建物の屋上全てと一部の壁面に設置した場合、原発2基分、23区の年間家庭消費電力の3分の2の発電が見込めるという。

ただし、こうした将来像を現実のものにするには、耐久性など一段の技術革新やデザインの進化に加えて、大幅な価格低下が求められる。その道のりは決して平たんではないのも事実だ。

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