血中のコレステロール値を下げる物質「スタチン」を発見、世界中で数千万人が服用しているとされる高コレステロール治療薬の開発に道を開いた。青カビからペニシリンを見つけたフレミングの業績が常に頭にあった。

「研究者として何をなすべきか、明確な哲学を持った人」と取材を通じて感じた。

畑で撮影に応じる遠藤章氏(2007年)

「2年間棒に振ってもいい。あとで取り戻せる」。三共(現在の第一三共)の研究員だった30代半ば、コレステロール合成阻害作用を持つ物質の探索に乗り出した。数千種のカビやキノコ類をしらみつぶしに調べる泥臭いやり方だった。

「米国の研究者と同じことをしても勝ち目はない」との発想に加え、あらかじめ期限を切った周到さがこの人らしい。実際にほぼ2年かかった。1973年にスタチンの仲間の最初の物質を見つけた。

新薬開発は障害に阻まれ深い谷底も経験し、ようやく78年に臨床試験にこぎつける。それをみて、東京農工大学に転じた。「社会に役立つ研究を若い人と続けたい」。管理職になり現場から遠ざかることに抵抗感があった。社会に役立つことにも強いこだわりがあった。

米国の2人の研究者がコレステロール代謝メカニズムの解明で85年にノーベル生理学医学賞を受賞。そこになぜか「エンドウ」の名はなかった。

「ガードナー国際賞」を受賞し、記者会見する東京農工大特別栄誉教授の遠藤章さん=2017年3月、東京都小金井市

その後、米メルクによるスタチン商業化第一号が87年。大規模臨床試験を通じてスタチンが心臓発作による死亡率を下げると広く認められたのは90年代。功績の大きさはいよいよ明白になっていた。著名な賞に輝き、次がノーベル賞であっても誰も驚かなかっただろう。

秋田県六郷村(現在の由利本荘市)生まれ。生家が貧しく両親は進学に反対だった。「遠藤博士の才能と熱意を見抜いた高校の先生や校長が説き東北大学に進んだ」と遠藤章博士顕彰会の佐々田亨三会長は話す。晩年、故郷にたびたび帰り子どもたちに話をした。「努力すれば必ず認められる」。同会が建てた顕彰碑にも「努力」と刻まれている。

=6月5日没、90歳

(編集委員 滝順一)

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