「世界お値段調査隊〜タクシー編」、締めくくりは日本です。当シリーズでは米国や欧州、アジアでライドシェアとタクシーが競合したり共存したりする姿を現地の記者が伝えてきました。日本ではそれができません。本格的なライドシェアがないからです。

夏休みで、駐在していたインドネシアのほか、タイ、シンガポールを訪れました。連載の初回で示した通り、日本のタクシー料金の相対的な高さを実感しました。

都内の自宅から羽田空港までタクシーアプリを利用しました。14キロメートルほどの距離で約40分、運賃は6500円でした。なかなか捕まらなかったので優先パスを使ったところ手配料が980円、もともとある迎車料が500円、しめて7980円です。

シンガポールでは空港からホテルまでライドシェアを活用しました。23キロメートルほどの距離で24シンガポールドル(約2660円)でした。迎車料などはありません。

ジャカルタ、バンコクとも空港から都心まで渋滞がなければ車でおよそ30分です。ライドシェアやタクシーを使い、料金はいずれも5000円かかりません。

東南アジアの友人によく「どうして日本にライドシェアはないのか」と聞かれます。海外旅行で日本に行く人も多く不便を感じるそうです。私は2つの理由を挙げます。

  • ①世界タクシー1km乗り比べ ライドシェアと共存か競合か
  • ②MaaS大国ドイツ、タクシーとライドシェア壁越え共存

無党派層よりも業界優先

1つは政治とのかかわりです。日本政府は国内でライドシェアのサービスを認めていません。タクシーやハイヤー、バスなど旅客運送を対象にした第2種運転免許を持たない一般ドライバーが、有償で客を乗せる行為を道路運送法で原則禁止しているためです。

日本でも都市、地方問わずタクシーがつかまりにくくなっている現状を踏まえ、ライドシェアの解禁論があります。強硬に反対しているのがタクシー業界です。業界の意向をくむ国会議員とタッグを組んで解禁を阻止しようとしています。

国土交通省によると、タクシーの運転者数は22年度時点で法人・個人を合わせておよそ24万2000人います。10年で4割減っているものの、業界の力はあなどれません。

郵便局や建設、医師など代表者を国会議員として送り出している業界団体があります。22年参院選で当選した自民党の組織内候補の得票はおよそ12万〜41万票でした。「24万2000人」が一つの固まりとして動いた時の政治力は大きいと言えます。

およそ1億人いる有権者全体から見れば微々たる数字です。しかし直近の国政選挙の投票率が5割そこそこの日本の政治の現状で、国会議員は業界に目を向けがちになります。投票行動を読みづらい無党派層より結束して動く業界の方が票を計算できるからです。

車体にライドシェアの表示を付けるドライバー(7月、大阪府吹田市)=共同

2割に届かぬパスポート保有率

もう一つ、私が日本にライドシェアがない理由として挙げるのは国民そのものです。日本国民のパスポート保有率は23年時点で2割もありません。外国で普及しているライドシェアのサービスを体験したことがない人が多数いると考えられます。

民間調査会社のMM総研が23年10月に発表したアンケートがそれを示していると思います。日本での導入に「反対」「どちらかといえば反対」と答えた人は6割を超えました。海外で利用したことがある人に限ると「賛成」「どちらかといえば賛成」は8割超と賛否が逆転しました。

国民がもっとライドシェアの利便性を実感すれば、解禁を求める世論が強まる可能性があります。世論の動きに敏感な国会議員も動かせるかもしれません。

  • ③東南アジアにご当地ライドシェア 二輪・三輪・相乗りも
  • ④インドネシア、2強が磨くライドシェア 大統領が後押し

「失われた30年」を象徴

次の首相を決める9月の自民党総裁選ではライドシェアが一つの争点になり得ます。小泉進次郎、河野太郎、茂木敏充ら導入を主張する各氏が出馬に意欲を示しています。

社会保障、外交・安全保障、エネルギーなど日本が抱える諸課題に比べたら、小さな政策に見えますが、ライドシェアは大切な論点をはらんでいます。

政治と業界の癒着による部分最適、企業の新陳代謝のもの足りなさ、日本版にこだわるガラパゴス――。日本が「失われた30年」と呼ばれる低成長に陥った原因の数々がライドシェアなき日本に凝縮されていると感じます。

スマホ一つで運転手と乗客をつなぐライドシェアは途上国でも広く普及しており、日本で展開するための資金・技術的なハードルはありません。政治が決断さえすれば導入できます。解禁は日本の閉塞状況を打開できるかの試金石とみています。

日本では4月にタクシー業界のみに門戸を開き地域も限定した「日本版ライドシェア」が始まりました。全面解禁への歩みを進められるのか。総裁選の議論を見守ります。

  • ⑤中国、タクシー運転手はスマホ4台持ち 無人も空も争奪
インドネシアのカリマンタン島でオランウータンと

地曳航也(じびき・こうや) 政治・外交グループデスク。2003年入社、永田町と霞が関を中心に取材し、20年4月から3年半インドネシアに駐在。この時お値段調査隊に入隊し、日本が支援して開業した同国初の地下鉄を紹介した。東南アジアで日本のプレゼンスが低下するのを目の当たりにし、メディアとして何ができるか日々考える。東京でインドネシア語を聞くと話しかけてしまう。

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