東京株式市場が揺れている。5日の日経平均株価は終値の下げ幅が4000円超と過去最大を記録。と思えば6日は大きく反動する形に。投資家の間に困惑が広まるが、こんな難局に向かうタイミングで岸田文雄首相はある腹案を示していた。金融関係者の助言を受けやすくする割引クーポンの配布だ。今後が不透明な状況で本当に役立つのか。(山田雄之、西田直晃)

金融経済教育推進機構を視察し、関係者らと意見交換する岸田首相

◆「2000万円は損したかな」

 乱高下する東京株式市場。投資家らはどう受け止めるのか。6日昼ごろ、東京駅周辺で聞いてみた。  全資産の8割を投資に充てるという東京都中野区の男性会社員(46)は開口一番、5日の暴落に触れ、「『落ちる』とは言われていたけど、ここまでとは」と驚きを口にした。「ダメージは大きいけど、国内外に投資を分けていたのでまだ助かった」とも。  「2000万円は損したかな」。淡々と話すのは千葉県船橋市の男性(69)。20銘柄の株を保有し、先週からの下落で含み損を抱えた。暴落を見てすぐ、手元の現金を確認したという。「一喜一憂しちゃいけない。安くなった今が買い時」

終値で過去最大の下げ幅を更新した日経平均株価を示すモニター=5日、東京都中央区で(布藤哲矢撮影)

◆「知識がないし対処できない」

 高校生と大学生の子どもを育てる福島県いわき市の石井久美子さん(52)は2年前から少額投資非課税制度(NISA)を利用する。「私は数万円だからいいが、上限額まで投資している同級生は悲鳴を上げていた」と明かす。「物価高もあり、子育て世代は給与だけでは無理。国は投資を手放しで勧めるけど、結局は自己責任だから勉強しないと」とつぶやく。  千葉県成田市の会社員女性(35)は、投資に関しては元本保証型の商品を持つ程度という。6日は株価が急上昇したものの「知識がないし、こんな株価の乱高下は対処できない」。

官邸に入る岸田首相=6日、東京・永田町で(佐藤哲紀撮影)

◆投資の旗振り役・自公政権

 ここ最近の東京株式市場は荒れている。5日の日経平均株価は、前週末の終値より4451円28銭安い3万1458円42銭となり、下げ幅は過去最大に。1987年の米ニューヨーク株式市場の株価暴落「ブラックマンデー」が起きた際を上回った。ところが6日は一転、3217円04銭高い3万4675円46銭で取引を終え、上げ幅で過去最大を記録するに至った。  株価が乱高下する中、投資を巡って困惑が広がるが、その投資の旗振り役となってきたのが自公政権だ。  かねて「貯蓄から投資へ」とのスローガンを国が唱える中、自民党は2022年、日本の家計の資産は欧米より預貯金の割合が高いとし、投資を促して消費拡大や経済成長を目指そうと「1億総株主」との概念を打ち出した。自公政権は今年1月、投資できる金額や期間を拡充した新NISAを始め、国民の投資熱をあおった。

賃上げなどを訴えるデモ行進

◆「老後2000万円問題」

 評論家の佐高信さんが思い返すのは、2019年に金融庁の審議会がまとめた報告書。「夫婦で老後を送るには年金以外に2000万円が必要」と記し、猛反発を受けて撤回に追い込まれた文書だ。「投資を促す流れは変わっていない。国が経済政策で失敗して物価高などを招いたにもかかわらずだ。国民に自己責任論を押しつけている」と指摘する。  今回の株価暴落であらわになった投資のリスク。仮に元本割れなどが生じた場合、政府や首相はどう責任を取るのか。  佐高さんは「取るわけがない。裏金問題でさえ、自民党はうやむやにするのだから」と即答し、こう強調する。「政府が勧めているのは、ばくちと同じ。必ず利益を得られるわけではない。疑う必要がある」

金融経済教育推進機構を視察し、職員の前で訓示する岸田首相=東京都中央区で

◆投資促進に前のめりな岸田首相

 株価は今月2日の段階で荒れ模様をうかがわせる展開を見せていた。同日の東京株式市場の日経平均株価は、前日比2216円63銭安の3万5909円70銭。この時点ではブラックマンデーのころに次ぎ、歴代2番目の下げ幅だった。  そんな折でも投資促進に前のめりなのが岸田首相。2日にあった金融経済教育推進機構(J-FLEC)の立ち上げ式では「家計の資金が成長投資に向かい、企業価値の向上が家計に還元される。このためには金融経済教育の充実が不可欠」と強調。教育の一例に挙げたのが、投資初心者を対象とした機構の認定アドバイザー制度だった。  企業や学校での金融教育も担う機構。政府や日銀、全国銀行協会などの出資で4月に発足した。認定アドバイザーには、証券アナリストやファイナンシャル・プランニング(FP)技能検定2級以上といった資格取得者が選定され、個別の有料相談に応じる。

◆投資相談料割引のクーポン券?

 相談額は「市場の原理が働く」(担当者)として、個々のアドバイザーに委ねられているが、日本FP協会の業界調査によると、1時間当たりの相場は7000〜8000円と見込まれる。  岸田首相は2日、認定アドバイザーの利用を促すべく「秋には相談料を最大8割引きとするクーポン券の配布をぜひ実施していただきたい」とも提案した。  機構によると、希望者に配る予定で、有料相談の費用が1時間当たり8000円までは8割引きに。1人1回計3時間分使える。相談時には、投資にまつわる制度を説明し、資産運用の手法も助言する。担当者は「既に各地で相談に応じている専門家がおり、投資を考え始めた人の使い勝手を格段に向上させる」と強調する。割引の原資は「設立主体それぞれの分担金」で、一部は税金でまかなわれる。

金融経済教育推進機構を視察し、関係者らと意見交換する岸田首相(中央右)

◆国のねらいは「有料相談というビジネスの活性化」?

 では、株価の見通しが不透明な中、「認定アドバイザーの助言」「利用促進のためのクーポン」は役に立つのだろうか。  経済ジャーナリストの荻原博子さんは「今回の乱高下では、『投資しないと老後が大変』と追い立てられた人が、びっくり仰天した。有料相談の8割引きは歓迎されるかもしれない」と前置きしつつ、「投資に必勝法はない。『分散投資や長期投資は安心』と言いはやされても、想像できない出来事は常に起こり得る」と過信にくぎを刺す。  「投資を推奨する旗を国が振るさなか、認定アドバイザーは中立的に助言できるのか。認定アドバイザーは画一的な判断を押し付けず、投資しない選択肢も提示できるか」  さらに「金融経済教育とは投資の利点と欠点を知り、自分で判断できる能力を養うもののはずだ」と語り「国がやろうとしているのは、有料相談というビジネスの活性化。金融業界のメリットばかりを考えていないか」といぶかしむ。

◆「リスク大きすぎ 詐欺的政策」

 淑徳大の金子勝客員教授(財政学)は「今の投資市場には外資マネーがはびこり、コンピューターを活用した先物取引を軸にもうけるファンドが主導する」と難局に置かれた現状について解説し「一般投資家に『もっとカネをつぎ込め』と促す割引クーポンの発行は、荒波を切り抜けた人だけが得をすればいいという詐欺的政策だ。リスクが大きすぎ、翻弄(ほんろう)されるのが目に見えている」と危ぶむ。  その上で「政府が年金政策などで失敗しても責任を取らず、生活設計を国民の自己責任にすり替えてきたのが根本的な問題だ」と続け、こう唱える。「家計の投資に頼るより、もっとやるべきことがあるはずだ。重要なのは中小企業などの賃金を増やし、消費を喚起する分配政策だろう」

◆デスクメモ

 投資したい人はやればいいと思うが、投資をためらう人がいるのもまた事実。最近の株価の乱高下を目の当たりにし、改めてそう感じた人も多いのでは。なのにクーポンまで使い「投資、投資」と勧められても…。「この道しかない」と言わんばかりに傾倒する真意を探りたくなる。(榊) 

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