災害大国の日本で、多くの企業が防災への意識を強めている。取り組みの1つが「事業継続計画(BCP)」の策定だ。BCPとは、災害やテロ、システム障害などの緊急事態において、損害を最小限に抑えながら、業務継続に向けた早期の復旧を目指すための計画だ。東京商工会議所が会員企業に向けて行った調査によると、都内の企業における策定率は、2014年の19%から23年の35%へと、年々増加してきた。
BCPの中でも、災害発生直後に求められる防災対策においては、民間の自助が欠かせない。例えば、地震発生時の社員の帰宅抑制だ。11年に発生した東日本大震災では、首都圏の交通の便がパンクし、500万人超の帰宅困難者が発生した。背景には、都内に帰宅困難者を受け入れる施設が不足していた点や、むやみな移動を控えるべき時間帯に、企業が社員に対して早期帰宅を促していた点などがあった。
そのため、東京都は11年以降、企業に対して災害時に向けた「自助」としての準備をするよう呼び掛けてきた。中でも、12年に制定した「東京都帰宅困難者対策条例」では、従業員を3日間留め置くための防災計画や水、食料などの備蓄を用意するよう企業に求めている。
帰宅困難者となった経験から女性視点導入へ
企業が防災対策を行う際、性別や年齢、出身国、身体的特徴など多様な視点を入れて検討されることが不可欠だ。だが、自治体の例だが、内閣府の調査では、23年4月時点の市町村の防災・危機管理部局の女性職員は、全体の1割程度にとどまっていることが分かった。
こうした状況を変えようと、企業の防災対策にも多様な視点を取り入れる動きが出てきた。IT(情報技術)システム開発などを手がけるNECソリューションイノベータ(東京・江東)も防災対策のダイバーシティー(多様化)を積極的に進めている企業の1つだ。営業統括本部・桑原せい子シニアプロフェッショナルは「企業においても、災害対策検討時に女性など多様な人材が参画することで、視点を追加することができる」と話す。
具体的には、生理用品のありかなど女性ならではの「情報」、スカートやパンプスを着用して座ったり横たわったりするための「スペース」、女性用品といった「備蓄」という3つの点だ。桑原氏自身、11年の東日本大震災で自身が帰宅困難者となった経験から、女性の視点を取り入れることの重要性を体感したという。
同社でも、計画立案においてBCP対策の主管部門5人のうち、女性担当者2人を配置し、社内の防災対策として、災害時のインフラ整備を定期的に見直して備蓄一覧をリストアップしている。
さらに今後は、障害者や外国人などの視点も取り入れていきたいという。「『避難具設置場所』というプレートがあっても、視覚障がい者や外国人は読めない可能性がある。そういった部分の配慮も含め、さらに整備したい」(桑原氏)
防災対策に女性視点を取り込むことのメリットは大きいと強調する。
「誰でも安心、安全な環境を提供できる企業であれば従業員の心理的安全性につながり、さらに長期的な視点では、離職率低下や生産性向上を目指すことができる。副産物として企業のイメージアップ、採用にもつながるのではないかと考えている」(桑原氏)。
ジェンダーや海外出身者にも配慮
大手デベロッパーの森ビルは全社員約1600人のうち、240人を「防災要員」として配置している。防災要員の役割は、同社が開発した六本木ヒルズ、アークヒルズ、虎ノ門ヒルズ、麻布台ヒルズの4つのエリアで、災害発生時の迅速な初動対応を担うことだ。
災害発生時にすぐに集まれるよう、防災要員は各ヒルズの3.5キロメートル圏内に住む。そのため、同社ではそのエリア内に複数の社宅を置いたり、手当を出したりするなど、手厚く支援している。
同社の防災対策はジェンダーや海外人材にも配慮しているのが特徴だ。
森ビル本社では、災害時に会議室を仮眠室として使用する。その際、女性専用仮眠室などを設置している。災害発生後に設置される避難所や仮眠施設では、プライバシーやジェンダーの配慮に欠けていると非難されることがある。企業の場合でも、こうした細かい配慮をすることで社員に安心感を与える効果が期待できる。
グローバル化で海外人材に対する配慮も多くの企業にとって不可欠だ。多様な人材を防災要員にすることで「英語が話せる人なら海外の方のサポートをしてもらったり、女子トイレの見回りは女性に担当してもらったりと、多様な役割が想定できる」(森ビルの災害対策室事務局・細田隆事務局長)。
BCP作成、中小企業は3割以下にとどまる
震災や新型コロナウイルス禍を経て大企業を中心にBCP策定が進んでいる一方、中小企業での策定が遅れていることが課題だ。
冒頭で触れた東京商工会議所が会員企業に行った23年のアンケートでは、大企業のうち約7割がBCPを策定済みである一方、中小企業で策定済みなのは3割に満たない。「BCP未策定・防災計画策定済み」を含めても4割以下だった。
東京商工会議所の地域振興部・西田優樹都市政策担当課長は、「成長途上にあるスタートアップや中小企業では、事業を成長させることに注力する中で、BCP策定がどうしても後回しになってしまいがちだ」と分析する。
背景にはヒト・モノ・カネといった経営資源、特に人材不足などからBCP策定ができていない現状がある。
一方で、そうした状況を打破し、BCP策定に積極的に取り組んでいるスタートアップもある。
IT医療関連のスタートアップであるUbie(ユビー、東京・中央)は、22年ごろからBCP策定と、オフィス設備における防災対策に本格的に乗り出した。BCP策定には、各事業部から2〜3人、コーポレート部門の担当者が入って、20人のリスクマネジメントチームを立ち上げた。
またオフィス設備の防災対策は、社員の増加とオフィス移転を契機に、アクセラレーター本部の相澤真央総務が先導して進めた。転倒防止策で腰の高さより高い家具を留めたり、水の確保のために電気を必要としないウオーターサーバーを設置したりと具体的に対応。現在も週に1回、職場巡視を行っているという。
BCPの多様化の面でも、女性がリーダーとして上記の施策に取り組み、女性の生理用品の備蓄を拡充するなどしている。
「男女の区別を意識したことはないが、一般的に男性と身体的差がある女性の目線を取り入れられれば、より過ごしやすい環境をつくれるのではないか」と相澤氏は分析する。
東日本大震災から10年以上経過したが、24年初めには能登半島地震が起き、多くの住民が今でも避難生活を余儀なくされている。首都直下型地震も近い将来に起きるといわれている中、企業でも以前に増して高い自助への意識が求められる。大企業だけでなく中小・スタートアップにとっても、普段からしっかりとした防災計画を策定することに加え、ダイバーシティーを意識することで、「緊急時の安心感」や「働きやすい環境」など、自社の魅力として社内外にアピールできるだろう。
(日経ビジネス 馬塲貴子)
[日経ビジネス電子版 2024年5月7日の記事を再構成]
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