終わらない小林製薬問題
3月に発覚した小林製薬の「紅麹」サプリを巡る健康被害の問題は、依然としておさまる気配がありません。
前回の編集長便りを配信した7月2日の時点では、それまで5人と報告されていた「死亡例」のほかに、76人の死因について問題製品との因果関係が調査中であることが発覚したばかりでした。調査対象はその後、80人超に膨らんでいます。
さらに7月23日には、創業家の小林一雅会長と小林章浩社長がそれぞれ辞任することが発表されました。同日、外部弁護士による事実検証委員会の報告書も公表され、腎障害との関連が指摘される青カビの発生を製造現場が認識していたことが判明。健康被害との因果関係は調査中ですが、原因究明に関連する重要な情報がなぜそれまで開示されていなかったのか。会社側の姿勢が疑問視されました。さらに問題となった紅麹原料の供給状況について、厚労省に対する当初の報告に漏れがあったことも明らかになりました。
小林製薬が抱える問題は多岐にわたるにも関わらず、同社はトップや担当者が直接対外的に説明する場をこれまでほとんど設けていません。記者会見を開いたのは、問題が最初に発覚した1週間後の3月29日に、章浩氏らが謝罪した1回のみ。その後、約4カ月もの間、同社の幹部らが公の場に立つことはほとんどない状態が続いています。同社の関係者によると、一部の専門家から同社幹部らに対して「会見を開くべきだ」との助言が出たこともあったようですが、結局、実現していません。
一方で、厚生労働省や消費者庁は大臣会見などで再三、小林製薬に対する不信感や非難を表明しています。武見敬三厚生労働相は7月23日、「危機管理における経営のリーダーシップの発揮や適切な経営判断がなされなかった」と指摘。自見英子消費者相も7月26日、「食品を製造する企業として、食の安全確保といった基本的な知識、意識、ガバナンスが欠如していたと言わざるを得ない」と強い言葉で責めました。
不正や不祥事が発覚した時、経営トップがなかなか表に出て来ない、出たがらないということは他社でも少なくありません。非難されると分かっていながら矢面に立つのは、相当の覚悟と勇気がいる行為でしょう。しかし自社のリアルタイムの対応を自分の言葉で説明し、少しでも信頼回復につなげることができるのもまた、トップの会見だけです。小林製薬の企業イメージや信頼が被ったダメージは計り知れませんが、トップの「会見逃れ」が続く現状は、信頼回復のチャンスも逸しているともいえます。
事態の性質は全く違いますが、2022年にKDDIで大規模な通信障害が発生した際には、高橋誠社長が自ら会見し、謝罪をしたうえでスライドを使いながら通信障害の概要や影響、原因、再発防止策などを分かりやすく説明しました。真摯な対応と受け取られ、KDDIに批判的な声がおさまりました。社長会見の成功例として注目されました。
ただし、記者会見を開いたものの、その会見そのものが批判を集めて傷口を広げてしまうケースも時折みられます。ここ1年ほどを振り返るだけでも、社長の失言が問題になった2023年7月のビッグモーターの社長会見や、「NGリスト」が発覚して批判された同年10月のジャニーズ事務所の記者会見、亡くなった劇団員への思いやりが全くうかがえず、ファンなど多くから非難を浴びた宝塚歌劇団の理事長らによる同年11月の会見(社名や肩書はいずれも当時)などが思い浮かびます。
有事の際、トップが逃げ回るのは悪手といえますが、出たことが裏目に出ることもあるのです。一筋縄ではいかないのが現実です。
有事の広報の「最適解」とは
日経リスクインサイトの8月の特集は、「有事広報の最適解」をテーマとしてお届けします。不正や不祥事が発覚した際、私たち報道機関の多くは「できる限り早く、明解な説明を」と迫りますが、企業側の立場からはどのような対応をとればダメージを最小限に抑えられ、会社の立て直しや信頼回復につなげることができるのでしょうか。具体的な失敗事例などをもとに、有事広報の注意点や平時からとるべき準備についての専門家による記事を通じて考えます。
今月の「企業不正の研究」では、4月に引き続き、小林製薬問題の分析の第2弾を準備中です。社外取締役のあり方も含め、ガバナンス面からも他社にとって教訓になる点を探ります。
その他「トピックス」として、最近注目されるカスタマーハラスメント(カスハラ)対策を巡る記事や、不正抑止の社内研修を効果的に実施するためのノウハウをまとめた記事も用意しています。
今月も多くの記事を各社のリスク対応力を高める参考にしていただければ幸いです。
(2024年8月1日 日経リスクインサイト編集長・植松正史)
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