曇りがちな英ロンドン。珍しく青空が広がった4月中旬、地下鉄オックスフォード・サーカス駅の階段を駆け上がると、あのブルーのバッグが目に飛び込んできた。持ち手にはIKEAとある。

壁面をイケアのバッグ風にラッピングしたこの店は、スウェーデンの家具大手イケアがまさにこれからオープンする新店舗だった。

ロンドン中心部ウェストミンスター地区を東西に貫くオックスフォードストリートに面し、左隣には米ナイキが「NikeTown London(ナイキタウンロンドン)」を構える。ロンドン最大、欧州でも屈指の規模を誇るショッピング街に、間もなくイケアが仲間入りする。

大勢の買い物客でにぎわう「ナイキタウン」の隣に、イケアの新店舗が姿を現した

建設中の店舗には思わせたっぷりに、こう書かれていた。

「Something Big is Coming.」「world class FLAGSHIP RETAIL opportunity」

ワールドクラスの旗艦店として、何やら新しい小売り体験を打ち出そうとしていることが読み取れる。果たして、何をたくらんでいるのか。イタリアのミラノで、その謎の一端がベールを脱いだ。

イケアが「放送局」になる日

4月15日から21日まで開かれた世界最大級のデザインの祭典「ミラノデザインウィーク2024」。イケアの運営会社Ingka(インカ)グループは、経営陣が総出でミラノに乗り込み、連日大規模な貸し切りイベントに臨んだ。

イケアはミラノで大規模な展示会を開催。特設ステージにはスクリーンが置かれ、様々な映像が映し出された

特設ステージ上のスクリーンに、左から右へ様々な映像が流れる。イケアの商品だけではない。地元イタリアや日本のクリエーターを紹介するビデオが映し出され、夜には音楽やダンスのパフォーマンスが繰り広げられた。パーティー会場のような盛り上がりだ。

「これこそ、我々がイケアライブスタジオと呼ぶプロジェクトだ」と明かしたのは、インカグループでクリエーティブ・ディレクターを務めるマーカス・エングマン氏。このプロジェクトの仕掛け人である。

エングマン氏いわく「ライブスタジオとは、放送スタジオのようなもの。店内で何が起きているのかを、店頭のスクリーンに映し出す試みだ」という。

店内にスタジオを常設することで「新進気鋭のクリエーターとコラボレーションし、イケアの世界観を自由に表現してもらう。その模様を店の外に向けてライブ中継する。店内に入れば、誰でも放送中の風景を見ることができる。これは今までになかった体験だ」(エングマン氏)。

ライブスタジオ導入の狙いについて語るマーカス・エングマン氏

いつもは「なんだ、イケアか」と素通りする人たちも、店内で楽しげな収録が行われていると分かれば、のぞいてみようと考えるかもしれない。テレビ局やラジオ局のまちなかスタジオに人々が群がるように、「イケア放送局」を核ににぎわいをつくり出し、客層を大きく広げる作戦だ。

そしてこのライブスタジオを世界で初めて設置するのが、ロンドンのオックスフォードストリート店になるという。コラボするのは、1990年代半ば以降に生まれたロンドンのZ世代のクリエーターたちだ。なぜ、このようなプロジェクトに乗り出したのか。

「ロンドンをイケアに置く」

「イケアは世界中でほぼ同じ商品ラインアップを展開しているが、商品の見せ方は、国ごとのライフスタイルに応じて違いを出している。イケアとしてオックスフォード・サーカス(駅近く)に店を開くと決めたとき、ロンドンにイケアを置くのではなく、ロンドンをイケアに置きたいと思った。イケアの商品を新しい文脈に置き換えるべく、地元の若い力を活用できないかと考えた」(エングマン氏)という。

イケアの店内にロンドンのトレンドを取り込む。そのためにライブスタジオを併設してZ世代を巻き込み、真新しい商品の見せ方に挑むつもりだ。手始めに今回のミラノデザインウィークを、その試金石と定めた。

会場のテーマは「1st(ファースト)」。初めて一人暮らしするならどんな家がいいのか、実際のZ世代に聞き取りして空間をデザインした。段ボールが山のように積まれた引っ越しに始まり、初めての庭づくり、初めてのパーティーなどと展示が続く。

イケアは「1st」をテーマに、ミラノで大規模な展示会を開いた

欧州では、子供が親元を離れて暮らし始める平均年齢が26歳というデータがある。Z世代はイケアにとって未来の顧客であり、そのZ世代に表現する場所を提供することで、イケアを身近に感じてもらう狙いがライブスタジオにはある。

ライブスタジオを導入するにあたり、まずロンドン中心部を選んだのは、イケアにとって最も難しい場所の一つだからだという。「何かを変えたいなら、いつも一番難しいところでやってみるのが、イケアのやり方。ロンドンは小売業が盛んな街として知られ、世界の様々な地域から住民が集まってきている。昔から創造性に富んだ面白い街でもある」(エングマン氏)

日本をはじめ世界を席巻するイケアだが、意外にもここロンドンでは実店舗が5つしかない。それだけ競争が激しく、小売業にとって生き残るのが厳しい場所でもある。ロンドン中心部では初の店舗となるこのオックスフォードストリート店も、もとは「TOPSHOP(トップショップ)」という英国発ファッションブランドの店舗だった。

トップショップは2006年、日本にも上陸した。東京・原宿を皮切りに多店舗展開に乗り出したものの、15年に撤退。20年には英国の運営会社が経営破綻したが、一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

「トップショップが大きくなったとき、みんなトップショップに注目していた。彼らは小売業を大きく変えようとしていたからだ。だから、我々もその遺産に恥じないようにしなければならない。トップショップの跡地にオープンするのであれば、これまで(の小売業)とは全く違うことをしないといけない」とエングマン氏は熱を込める。ライブスタジオを軸にここで実験を続け、新たな小売り体験の形を模索していく考えだ。

イケアといえば郊外の大型店舗というイメージが強いが、近年は世界各地で都心への出店を増やしている。日本では東京の原宿、渋谷、新宿に店を構え、欧州ではフランスのパリやオーストリアのウィーンの中心部などに進出した。ロンドンの新店舗もその系譜に連なるが、イケアにとっては大きな賭けともいえる挑戦になる。

インカグループ最高経営責任者(CEO)のジェスパー・ブローディン氏は「我々の最大の投資の一つは、このオックスフォード・サーカス(駅近く)に物件を買うことだった。かなり高かったから」と振り返る。

インタビューに応じたインカグループCEOのジェスパー・ブローディン氏

インカグループの投資部門インカ・インベストメンツは21年10月、この物件を3億7800万ポンド(当時の為替レートで約590億円)で購入すると発表した。当初は23年秋のオープンを予定していたが、荒天の影響で地下空間を造り直す必要に迫られるなど、工事が遅れて越年。現時点でも明確な開業日は決まっておらず、「soon(間もなく)」(ブローディン氏)という表現にとどまっている。

多額の投資に加え、工事費もかさんだ。世界的にも注目度が高い場所とあって、ここで成功できるかどうかが、これから先のイケアの都心戦術にも影響を及ぼしそうだ。ブローディン氏は、日経ビジネスの取材に対し、日本へのライブスタジオ導入にも意欲を示した。ロンドンで確かな手ごたえをつかみ、日本の店舗でも展開するというフェーズになれば、イケアは今よりもZ世代から注目されるブランドになっているかもしれない。

(日経BPロンドン支局 酒井大輔)

[日経ビジネス電子版 2024年4月30日の記事を再構成]

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