中国による禁輸措置は、中国国内の消費市場向けだけでなく、中国で加工し、再輸出される日本産ホタテの供給網を一挙に崩した。中国依存から脱却するため、メキシコで加工し、米国の高級食材市場へ売り込む試みが進んでいる。

過度の中国依存があだ

中国政府は2023年8月、東京電力福島第1原発からの処理水放出に態度を硬化させ、日本産水産物の全面禁輸に踏み切った。中でも中国を最大輸出先としていたホタテへの打撃は大きかった。

23年の中国向け輸出額は前年比44.6%減の258億7800万円、輸出量は同47.7%減の5万3700トンに大きく落ち込んだ。これに引きずられて、中国を含む世界全体へのホタテの輸出額は同24.4%減、輸出量は同36.6%減となった。

中国に輸出される日本産ホタテは、主に米国市場向けだった。人件費を抑えられる中国へ冷凍して輸出し、殻をむいた貝柱を再冷凍して米国に輸出してきた。衛生管理の規制によって、米国へは二枚貝を直接輸出できないためだが、貝柱の取り出し、再冷凍などの加工処理は、「原産国を変える実質的変更とはみなされない」という米税関・国境警備局(CBP)の見解で、「日本産」と表示されてきた。

こうした背景から、ホタテ加工の中国依存は深まってきた。輸出量の8割が中国向けとなったサプライチェーンは効率的ではあったものの、リスクヘッジの視点が欠け、禁輸措置によって一気に崩れてしまった。

加工の代替地をメキシコに

ホタテ加工の代替地として日本貿易振興機構(JETRO)が目を付けたのが、最終消費地・米国に隣接するメキシコの北西部バハカリフォルニア州エンセナダだった。米カリフォルニア州と接する国境の都市ティフアナから南へ100キロに位置し、メキシコでも指折りの水産物加工企業が集積する。周辺ではカキやアワビ、ムール貝などの養殖業が盛んで、殻むきに熟練した作業員が多い。エンセナダ産シーフードが米国で高く評価されていることも大きかった。


日本産ホタテの殻むきをする水産会社の作業員=2024年2月、メキシコ・エンセナダ(JETRO提供)

JETROは2024年2月、現地企業3社に日本の冷凍ホタテを持ち込み、殻むき、殺菌、パッキングなどを試験的に指導した。3月には、日本の水産会社14社による現地ツアーを実施。参加したハイブリッドラボ(宮城県石巻市)の石橋剛社長は「加工から流通まで迅速に対応できるのが一番大きなポテンシャルだ」と将来性を高く評価した。


メキシコ・エンセナダで加工された日本産ホタテの貝柱などの試作品第1号=2024年2月(JETRO提供)

中国では「加水加工」と呼ばれる、魚介類処理での一般的な手法が使われていた。身が柔らかくなる一方で、貝柱は白色化して甘みなどを失い、すしネタなど生食に適さなかった。メキシコではこの処理をせず、生食用にチルド状態で米国へ送るため、価格は2倍程度に上がる。低価格の飲食店向けではなく、高級なレストラン、食材店が新たな販売ターゲットとなる。


ホタテの加工作業を見学する日本企業のミッション団=2024年3月、メキシコ・エンセナダ(JETRO提供)

来日したメキシコのバハカリフォルニア州水産養殖業庁のアルマ・ロサ・ガルシア・フアレス長官は、ニッポンドットコムのインタビューに応じ、「米国内で流通する水産物の多くをバハカリフォルニア州産が占めており、同州は米国バイヤーとの強いコネクションがある」と強調。メキシコにも魚介類を生食する食文化があることから、「エンセナダで加工したホタテをメキシコで消費することもできる」と述べ、販路拡大の可能性を示した。


インタビューに応じるメキシコ・バハカリフォルニア州水産養殖業庁のアルマ・ロサ・ガルシア・フアレス長官=2024年6月24日、東京都港区(ニッポンドットコム編集部撮影)

米国バイヤーからも高評価

エンセナダからは、すし店など日本食レストランが集まるロサンゼルス(カリフォルニア州)、ラスベガス(ネバダ州)といった大消費地へ、加工後24時間以内に新鮮なホタテを届けられる。

JETROなどが中心となって輸出事業者を支援する「米国輸出支援プラットフォーム」によると、2022年のカリフォルニア州の日本食レストランは4995軒で全米最多だ。中でもロサンゼルス周辺は日系人、日本企業の駐在員らが多く、エンセナダからは陸路で約5時間という近距離にある。

3月の視察に参加した日本企業は、ロサンゼルスでの商談会にも臨んだ。JETROによると、エンセナダで加工されたばかりのホタテを使った料理が提供され、参加した米国人バイヤーからは「甘さが強い」「臭みがなくて新鮮」といった感想のほか、生食用ホタテ加工のための投資を申し出る声もあったという。


メキシコ・エンセナダで加工された日本産ホタテを試食する米国のバイヤーら=2024年3月、米ロサンゼルス(JETRO提供)

ただ、メキシコでのテスト作業では課題も浮かび上がった。現地企業はホタテの加工経験や保管ノウハウがなく、冷凍設備のレベルも十分ではなかった。ハイブリッドラボの石橋氏は、こうした点を克服して品質を向上させつつ、米バイヤーとの協力関係を築ければ、しっかりした販路を確立できるとみている。

JETROの中沢克典理事は、「英語の『SCALLOP』ではなく、『HOTATE』として売り込んでいる。世界的に認められている『WAGYU』(和牛)と同様、日本の安全でおいしい水産物の一つとして、『HOTATE』を米国で認知させたい」と意気込む。海外でも「HOTATE」で通じる日が来るかもしれない。

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