仕事をしていて一番面白くないのは自分が部品のように扱われていると感じるときだろう。「現場が価値を創る」と考えるボトムアップの社風はウェルビーイング(心身の健康や幸福)と深い関係がある。現場で働く人の大小無数の創意工夫や気遣いに会社や社会がうまく光をあて、響き合う関係が充実すれば、持続可能性も高まるのではないか。
自発的工夫生む社風が組織磨く
いくつかある近所のコンビニのうち、坂の上の店に足が向くのは、夜番の若い人が私の買う商品を覚えていて、たまに何も言わないでも取ってくれるからだ。「いつもありがとうございます」と言われるが、ふさいでいるときなど気が晴れるので、本当はこちらのセリフかと思う。何を買うにもその店の売り上げに貢献しようという気がおきる。
しかしこんな話は店やチェーンの中でとりたてて評価されることでもなさそうだ。その人は電車で店に通っていて、遅くなったとき、駅前ですれ違う。いつも疲れたような顔をしている。
「現場で価値を創る」「同じ現場はひとつとしてない」「価値をつくってね、だけど言うことを聞いてくれ、というのでは矛盾している」
アズビルの山本清博社長が、ごく当たり前のことのように、こんな言葉を重ねるのを聞いていて、コンビニの若い人の顔が浮かんできた。
アズビルは昔の社名を山武ハネウエルといい、ビルや工場、住居で、温度や湿度、液体や気体の圧力や流量などを計測・制御するシステムを作っている。病院、データセンター、ガス・水道など様々な社会のインフラにも、アズビルの製品が入っている。
同じビルや工場はなく、一つ一つを作り込まないと会社の使命が果たせないため、おのずと現場を尊ぶ社風になるようだ。しかし全体が個々の現場の足し算なのはどんな会社も同じだから、山本社長のような考え方はもっと当たり前であっていい。
アズビルでは昨年、「カボチャレ」という言葉がちょっとした流行語になったそうだ。エネルギー効率の良いシステムを社会に提供することで、自分の仕事がカーボンニュートラルに直結していることを理解しようという社内イベントで、自分の言葉で人に話してみるというチャレンジのステップには約1万人の社員のうち3分の1が参加した。
最近は斜に構えがちな世の中なのに、多くは自発的だったという。だが、社員が仕事の意味に関心があるのは自分に照らしてもよく分かるのだ。アズビルのシニア社員に社風を尋ねたら、何かに取り組んだ人の失敗をとがめるのを見たことがないと言っていた。一人ひとりの働く誇りの尊重が組織を動かしている点で、あれもこれもひとつのような気もする。(編集委員 深田武志)
アズビル・山本清博社長 計測・制御システム、実直に作り込み
「カボチャレ」はコロナの時期に進めた社員とのオンライン対話のなかで、自分の仕事がどういうふうにカーボンニュートラルに役立っているのかよく分からないという声があったことを受けたものです。私が仕事をしてきた実感として当たり前に思い、やりがいを感じていたことが、社員からみると実はそうではないと知り、まずいと考えました。
ただ事務局に任せた後は何も言いませんでした。「カーボンニュートラルはこうなんだ、理解してね」ではだめだろうと思うからです。こういうのは一人でも自発的に参加してくれれば100点。100点の積み重ねだというポリシーでやっています。結果的に思った以上の社員が参加してくれて本当に感謝しています。
アズビルさんは真面目ですねと、取引先の方によく言われます。今の時代、文字通りの褒め言葉と受け取りにくい気もしますが、有り難いお言葉だと思います。計測・制御のシステムは要望に対応できて初めて意味が生まれる仕事なので、どちらかというと控えめで誠実、合わせる姿勢で取り組むことが評価されるというのもあるかもしれません。
アズビルは製品の開発、生産、営業、システムの構築など全部つながって価値を生み出している会社です。早いうちから個々人の際立った活躍を志向する時流と合わないのが悩ましい。アポロ計画のとき、掃除をしている人が何の仕事をしているかと聞かれ、宇宙に人を飛ばす仕事をしていると答えたという有名なエピソードがありますが、そんな価値観を会社全体で共有できるようになりたいと思います。道半ばですが、事実として社会の利便や環境への貢献はあるので、必ずできると確信しています。
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