「では、部署のメンバーのストレス度調査を基に、課長さんが仕事や人間関係などの改善プランを作ってもらえますか」
東日本のある物流系企業、A社はここ数年、従業員のストレスチェックを基に従業員のメンタルヘルスを向上させる職場改善を実施している。一緒に改善を行うのは、企業向けに従業員の健康課題解決などの支援をするアドバンテッジリスクマネジメントの組織コンサルタント、山中亮平さんだ。
A社の昨年秋のストレスチェックで課題となったのが、機器メンテナンス部門の仕事の負荷増大だった。この課は、物流業務の繁忙期とそれ以外で仕事量の変動が激しく、繁忙期には装置トラブルのたびに夜中でも働く。さらに最近は人手不足で、外部の作業員が減るなど厳しさを増していた。
山中さんの助言で課長が作成した対策の一つは、メンバーとの面談をそれまでの半期ごとから毎月に増やし、彼らの思いを頻繁に聞くこと。さらに経営幹部に対して、ストレスチェックに表れた数字の根底にある、現場の状況や思いを伝え、「仕事の重要さの承認やねぎらいの言葉を常に出してもらうようにした」(山中さん)。
狙いは「経営者・管理職と課員の距離を近くし、孤立感を解消すること」(同)だった。さらに外部作業員との人間関係に苦労する若手に不安をどう捉えて気持ちを切り替えるかといったストレスマネジメントの教育を手厚く実施した。
対策は基本的なものだが、そこには独自の考え方があった。アドバンテッジが顧客を対象に2022年に実施した従業員のストレスの原因調査では、「仕事の裁量」が広がり改善される一方、「量」「難しさ」「上司の配慮(不足)」が悪化原因となっていた。上司が現場に積極的に関わることが社員たちのストレス軽減につながるという考え方は、そんな実情から出たものだ。
A社の取り組みのように社員を孤立させず、人間関係を改善していく手法は、メンタル不調を未然に防ぐ大きな力になるという。
運動、タバコ、睡眠、食事とセットで改善
オムロンは、力を入れてきた従業員の健康重視の経営の中で、メンタルヘルスを含む生活全般の改善を目指している。心と身体の状態は密接に関連しているため、幅広い生活改善で社員の健康を向上させようという考え方だ。
同社が重視するのは、メンタルヘルスのほか、運動やタバコ、睡眠、食事の5つの指標からの社員の健康作り。「Boost5」と名付けたこれらを改善することは、社員の集中力とパフォーマンスの向上にもつながると見ているからだ。
「平均睡眠時間を6時間以上8時間未満にする」「運動は週2回以上を習慣に」など、生活習慣の改善を手助けするという。
このうち、メンタルヘルスでは、ストレス関連の知識や対処法などのきめの細かい情報を社員にメールなどで発信している。
全社員が受けるeラーニングを含め、ストレスの感じ方は個人ごとに異なること、それに合わせた対処の仕方などを学び、自分自身で改善するセルフケア力を高めるようにしているという。
職場でも、ストレスチェックの結果を基に、部課長などが中心となって、仕事の量やメンバー同士のコミュニケーションの取り方を議論する。
時には、オフィスの照明などハード面も含めて、ストレスを軽減できる職場づくりを進めている。「個人と会社両方の場面からアプローチして改善する」(岡田陽子・オムロンエキスパートリンク労働安全衛生マネジメントグループ長)のが特徴だ。
先輩と食事し、孤独感を解消
メンタル不調の解決に効果があるとされるのが「寄り添う存在」。ユニ・チャームは、入社3年目までの若手社員に、3〜4年上の先輩社員を付けて、公私ともに世話をする「ブラザー&シスター制度」と呼ぶ仕組みを18年から設けている。
新入社員の場合、新しい配属先で戸惑うことが多い。実際、「適応障害に悩む若手もいるが、ブラザーとシスターがその歯止め役になっている」(渡辺幸成・理事グローバル人事総務副本部長兼人事部長)という。
本社勤務者などは入社後2年間は原則寮に入り、ブラザーとシスターが仕事の指導から私生活の相談にまで乗る。その際の食事代も経費で認める。これも孤立感を減らし、寄り添う存在をつくることで不安を解消するものだ。
最近は、若手だけではなく、経営者や管理職向けのコーチングで、心のサポートをするサービスも出てきた。コーチェット(東京・中央)もその一つ。大企業の管理職層やスタートアップ、中小企業の経営者などに利用されている。
「例えば優秀な営業員が課長になると、部下の力不足ばかりが目についてギクシャクする。そういう時は、営業のノウハウなど課長に見える世界と、部下に見えている世界の違いに気づいてもらうことから始める」と櫻本真理代表。「寄り添う力」を身に付けることが、問題解決につながるという。
(経済ジャーナリスト 田村賢司)
[日経ビジネス電子版 2024年4月17日の記事を再構成]
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