「『しがらみ』という言葉を漢字でどう書くか、知らない人もいるでしょうね」

2023年12月初旬、神奈川県鎌倉市でこう話したのは、身長2メートル近い米国人男性だった。10人ほどの上場企業の経営者が緊張の面持ちで耳を傾ける。

プライム上場企業、米国人に漢字を学ぶ

社長らの前で問題提起するブライアン・ヘイウッド氏

「漢字で『柵』と書くのです。そもそもは河川にかかる橋を守るための大切な存在でしたが、やがて変革を阻む壁を意味するようになりました」。流ちょうな日本語で続ける。「皆さんも自分の会社を考えてみてください。創業者の時代にできた守りのための『しがらみ』が、いつのまにか会社の動きを縛る障害になっていないですか。今日は相談していきましょう」

こう話すのは、米国のファンド、タイヨウ・パシフィック・パートナーズの創業者で、共同最高経営責任者(CEO)のブライアン・ヘイウッド氏。これは、タイヨウが年に一度、投資先の社長を集めて実施している対話イベントの現場だ。

01年に設立されたタイヨウは、対話で企業価値を伸ばす「エンゲージメントファンド」の草分けとして知られる。自らの手法を「友好的アクティビスト(物言う株主)」と呼ぶ。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)から資金を受託したこともある。ファンド設立以来、株式市場平均を上回るリターンを得ているもようだ。

単なるアクティビストとの違いは、投資先への手厚い経営支援にある。投資家向け広報(IR)資料の改善提案や海外投資家を回るロードショーの支援に始まり、社外取締役を派遣したり、MBO(経営陣が参加する買収)を資金面で援助したりすることさえある。

冒頭の場面も、年に一度、投資先の社長を集めて行うイベント「タイヨウ社長会」というエンゲージメント活動の一環だ。「日本のCEOは非常に孤独な役割だ。言い方は悪いが『金魚のフン』のような取り巻きに囲まれ、本当の悩みを相談できないことも多い」(ヘイウッド氏)という考えから、社長同士がコネクションをつくれるよう開催。今回で14回目となる。

これまで非公開だったその会合に昨年末、潜入する機会を得た。

タクシー会社も知る鎌倉の古民家

12月初旬、JR鎌倉駅で降りてタクシーを拾い、会場の住所を告げた。「ああ、ブライアンさんのお宅ですか。日本語もお上手だそうですね」と50歳前後の女性のタクシー運転手が答えた。タイヨウのヘイウッド氏は地元でもよく知られた存在のようだ。

会場となる神奈川県鎌倉市のヘイウッド氏の私邸につくと、タクシーで続々と投資先の社長らが集まってきていた。参加する社長らの企業の時価総額を計算すると、3兆円を優に超える(23年12月時点)。11時になると、ヘイウッド氏の私邸のツアーが始まった。

ヘイウッド氏の私邸にあった歴史的建築物の一つ。過疎化などで存続が難しくなった富山県の古寺を鎌倉へ移築したものだという。約500年の歴史があるとされる。プロジェクターを持ち込み、社長らに向けたセミナー会場としても利用されていた。

「この建物の歴史は米国の建国より古いのです」。ヘイウッド氏本人が家のこだわりを説明していく。日本各地の古民家や廃寺を鎌倉まで運び移築したそうだ。そんな建築物がヘイウッド氏の敷地内に複数あった。日本文化への並々ならぬ造詣とこだわりが見える。

企業文化の変化、社長らに議論させる

ヘイウッド氏が私邸を案内する午前中は、修学旅行を思い出す緩い雰囲気が漂っていた。それが一変したのが、昼食後に開催された冒頭のセミナーだった。

「社長として周囲の忖度(そんたく)を避けるためには、実際の現場に出なさい。製造ラインの人や、遠い拠点でセールスマンの生の声を聞いた方がいい」。こうした実践的なアドバイスをヘイウッド氏は社長らに話していく。

なかでも力を込めるのが、しがらみから脱却する企業文化だった。ヘイウッド氏のプレゼンの後、社長たちは3〜4人で組みグループディスカッションを始めるよう促された。今の会社のしがらみとは何か、どう克服していくかがテーマに設定された。

「社長こそが一番の障害だ」

約2時間後。和室に社長らが集合していた。グループディスカッションの結果を共有するという。

畳の間でヘイウッド氏を囲むように社長らが座り込み、ディスカッションの結果を共有した

「社長こそが一番の障害だ」「私自身が会社にとってしがらみになっているのだと思う」――。そこでは驚くほど内省的な言葉を社長たちが口にしていく。東証プライム上場企業の社長らがこれほど反省の弁を述べることは少ないのではないだろうか。

ヘイウッド氏の情熱が伝わったのか、あるいは単に株主であるタイヨウの手前、投資家の求める「模範解答」を話そうとしている面はあるのかもしれない。しかし、社長たちが腹を割って普段の悩みを話しているようにも見えた。

オムロンも学んだ「見える化」

タイヨウが支えるのは社長らの精神的な変化だけではない。投下資本利益率(ROIC)を重視する経営も日本に導入してきた。

「これこそが私の求めていたものだ」。タイヨウを訪問して面談したオムロンの山田義仁前社長(現会長)はかつてこう話し、社員にタイヨウから学ぶよう発破をかけたという。

オムロンの対応は素早かった。現・最高人事責任者(CHRO)の冨田雅彦執行役員専務が、タイヨウのワークショップに参加し、見える化経営を学んだ。IRのメンバーもシアトルのタイヨウ本社までわざわざ向かい、インターンシップにも参加したという。その先に結実したのが、製造現場にも経営指標をかみ砕く、オムロン独自の経営手法「ROIC逆ツリー展開」だった。

今ではオムロンはROIC経営の先駆者として知られ、リコーなどがオムロンから学んでいる。オムロンを通じ、日本企業に根付きつつあるROIC経営。だが、その最初の一歩に決定的な影響を与えたのが、実は米ファンドのタイヨウだったのだ。

インタビューに応じるブライアン・ヘイウッド氏(写真:小林淳)

ヘイウッド氏は「日本のすべての会社に必要なのがROICなどを通じた経営の『見える化』だ」と力を込める。「見える化を進めていると多くの会社が言う。だが、ほとんどの会社は真の意味ではできていない。本当の見える化は、SKU(商品の最小管理単位)まで分解して利益を確認しなければならない」と話す。

ROIC経営を企業に根付かせるため、タイヨウは研修だけでなく、自作ツールの導入支援まで行う。社外取締役とともに経営支援を行うスタッフが常駐することもあるという。

泥臭い素顔

そうしたタイヨウの泥臭い支援の象徴的な場面にも、社長会では出くわした。タイヨウのある日本人ディレクターが、社長らをもてなす舞台裏で、こっそりと立ったまま昼食のお弁当をほお張っていたのだ。

この光景に驚いた。タイヨウのディレクターには日本人が多いが、外資系のコンサルティング会社や大手証券会社といった企業からの転職者が多く、ほぼ全員が海外大学で経営学修士(MBA)を取得している。エリートと言える経歴だ。目の前で弁当を食べていたディレクターもメガバンクで欧米の業務を経て海外でMBAを取得している。

タイヨウのスタッフらは皆、社名の入ったおそろいのパーカーを着用し、社長会を支えていた

それほどの人材が、社長会では立ったまま弁当を食べるほど、エリートには似つかわしくない労力を払っていた。例えば、到着時の受付や案内といった「下働き」に近い仕事まで、タイヨウのディレクターが出てくる。「社長会をイベント会社に外注することも一度は考えたが、社長らへのきめ細やかな対応が難しくなるため、自前でやっている」(タイヨウ)という考えが背景にある。

リターンを生み出す真のエンゲージメント

「機関投資家は、投資先企業との建設的な『目的を持った対話』を通じて、投資先企業と認識の共有を図るとともに、問題の改善に努めるべきである」――。

金融庁のもと策定された機関投資家向けの行動原則「日本版スチュワードシップ・コード」にこのように記載されて10年。対話の重要性は強調され続けている。だが、足元ではなかなかリターンに直結しないエンゲージメントにコストがかけにくく、企業・投資家の双方が疲弊している側面もあるとも聞く。

企業を本当に変革するための投資家のエンゲージメントはどうあるべきなのか。「友好的アクティビスト」という泥臭い手法で対話を続けるタイヨウが、一つの答えかもしれない。

(日経ビジネス 八巻高之)

[日経ビジネス電子版 2024年4月2日の記事を再構成]

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