EVブームの終えん?

マスクの品薄や外出自粛、半導体供給の逼迫(ひっぱく)などわれわれの日常を大きく変えたCOVID19がようやく去り、コロナ禍以前のようなにぎわいが街中に戻った2023年末から24年初めにかけ、EV(電動車)ブームの終えんを伝える報道が増えた。結論を先取りすれば、筆者はEVブームが終わったとは見ておらず、米欧における補助金由来の焼け太り的な需要が一服したのであり、EVは世界各地で堅調に売れ行きを伸ばし続けている認識だ。本稿では、中国製EVのグローバルな生産・販売に門戸を「開いてしまった」欧州諸国の経緯と現状、問題点を論じる。

「EVブーム」という言葉は、例えばウォール・ストリート・ジャーナル紙の22年1月6日の記事「EVブームがCESを席巻、自動車メーカーがしのぎ削る」などに見ることができる。15年12月に採択され翌16年に発効したパリ協定(COP21)は、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をすることと定めた。これを契機に、EU(欧州連合)加盟国、非加盟の英国やノルウェーをはじめ欧州諸国とバイデン政権下の米国は、EVの普及が脱炭素の(唯一の)近道、とばかりに購入補助金や税控除を導入し、普及を強く後押しした。

だが22年6月に英国、2023年末にドイツでEV購入補助金の廃止が決まると、23年2月にはEV専売メーカーである米テスラの24年の販売台数が伸び悩む、との報道がなされ、3月にはバイデン米大統領が新車販売(乗用車)に占めるEV比率を、2032年までに67%に引き上げる当初案から35%に大幅に引き下げ、HV(ハイブリッド車)も事実上「エコな車」と認める軌道修正が報じられた。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙は24年5月17日、「日本車EV、米ハイブリッドブームが資金源に」と題する記事を発し、今度はHVが売れ行きを大きく伸ばしていると報じた。ブルームバーグは同年2月に、トヨタの株式時価総額が初めて50兆円を突破したと伝え、5月にはトヨタの最終利益が日本の製造業で過去最高を更新したと報じられた。「EVブームは終わった」、「HVに注力した(EVに傾倒しなかった)トヨタが正しかった」との言説が、報道やSNS上にあふれた。

英国で存在感示す中国EV

2023年5月末に、中国の1-3月期の自動車輸出台数が世界一となったと報じられた。この時点で2位が日本、3位がドイツだった。同じ5月、米国に加え上海工場でも生産されるテスラ・モデルYが同年第1四半期にトヨタ・カローラを抜いて世界で1番売れたクルマとなり、単一車種で初めてEVが世界販売台数1位になった。いやが上でもEVブームを意識する報道が続いた。そして同時期に発表された貿易統計により、中国製EVの輸出が飛躍的に伸び、その立役者が脱炭素行程のためにEV普及を急いだEU市場だったことが明らかになった。22年の中国のEV輸出は、EU、ノルウェー、英国向けが前年比89.4%も増えて43.7万台に達し、中国による輸出車の46.4%を占める最大の輸出先となった。

こうした統計は、現地を歩いて実感できる場合と、できない場合がある。24年4月下旬にロンドンとベルリンを取材で訪れ、英国とドイツにおけるEVの普及に大きな違いを感じた。ベルリンではテスラの工場が22年3月に生産を開始しているが、ロンドン市内でテスラ車を頻繁に見かけるのとは対照的に、ベルリンではまれ稀だった。そしてドイツのタクシーはベンツのディーゼル車が長く定番だったが、ベルリン国際空港のタクシー乗り場に並ぶ車両はテスラ車やEVではなく、トヨタ・プリウスα、カローラ・ツーリングやRAV4のHVが多数を占めていた。

対照的にロンドンでは、伝統の黒くて背の高いロンドン・タクシー(ブラック・キャブ)の半数近くが、EVに置き換わっていた。13年1月、中国の民間自動車メーカーである吉利(ジーリー)は財政難に陥ったロンドン・タクシーの生産者を買収の上、これをLEVC(ロンドンEV社)と改名し、タクシーのEV化を進めた。正確にはボルボのディーゼルエンジンを使ったPHEV(プラグインハイブリッド)だが、吉利のスウェーデンの拠点で開発された電動のロンドン・タクシーTXが17年に投入された。そして18年1月以降は純ディーゼル車の調達がロンドン市の規制で禁じられた。最終組み立てのみコベントリーの工場で行われるが、主要部品は上海から輸入される。輸出を見込める車種ではないため、英国にとって入超である。

タクシーだけではない。ロンドン名物の赤い2階建てバスも中国製であり、中国の民間メーカーBYDは24年4月時点で1800台のバスをロンドン市交通局に納入している。約9000台ある市バスの4分の1に迫るシェアであり、5月に航続距離が640キロメートル近い新型の赤いEV2階建てバスをお披露目している。バスとタクシーを管理運営するロンドン市交通局は、市長が最高責任者を務める。市長のサディク・カーンはパキスタン系の英国人であり、16年5月、労働党より市長に就任し現在に至る。労働党による市政が脱炭素の旗を振り、結果として中国製EVの普及・拡大に道をひらいたのである。

カーン市長は就任直後からEVバスを積極採用し、英国メーカーとBYDの協業がこの需要を満たした。16年9月に最初の51台が納車された際はBYDの本拠地の深圳市長もロンドンに駆け付けた。グラスゴーで開催されたCOP26に先立ち、カーン市長は21年9月、以降はハイブリッド車両もディーゼル車両も調達しないと宣言し、37年までにバスを全てゼロ排気(EVおよび水素)に転換する従来の決定に加え、これを加速し34年までに達成すると発表した。英国におけるバス調達の3分の1から半数近くを占めるロンドン市の宣言は影響が大きかった。

カーン市長はEVバス導入以外の環境保護も強力に推し進めており、テムズ川沿い、市の中心に近いキングズ・カレッジ前の大通り「ストランド」を遊歩道に改修するなど、長く不可能と言われた決定を実行しており、有権者の支持を得ている。ロンドンは渋滞税を03年2月から導入し、市の中心部にアクセスする自動車に当初5ポンド、日本における自動速度取り締まり機(いわゆるオービス)のような仕組みで通行車両に自動課金してきた。

その後、課金額が上昇し、19年にはULEZ(ロンドン市ウルトラ低炭素ゾーン)が設定され、EVではない車両は渋滞税と同じ要領でゾーンに入るたびに課金されるようになった。2023年8月にはロンドン市の中心部をほぼ含める範囲まで大幅拡大して現在に至る。車両の購入年による免除もあるが、排ガス規制ユーロ4未満のガソリン車とユーロ6未満のディーゼル車は、住民でもそのつど2.5ポンド(約500円)課金される。二重課税に見えなくはないが、24年4月時点で渋滞税がさらに15ポンドである。現地では、「脱炭素のためにEVを買う」というよりも、節税のためのEV購入ともささやかれる。日本人の感覚からすればやや理不尽に見える厳しい環境保護市政だが、支持率の低下に歯止めがかからない保守党を尻目に労働党は全国区でも支持率を伸ばしており、7月4日に予定される総選挙では政権交代を勝ち取る可能性が出てきている。ここで紹介した脱炭素の施策が一層加速することも考えられる。

独仏のEV主導権争い

2024年は世界各地で重要な選挙がめじろ押しの「選挙イヤー」とも言える節目であり、EUの欧州議会も選挙が6月にある。その後は次期欧州委員会の人選も控えている。ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長の再任となるのか、各政策領域の担当委員に誰が就くのか。その人事がEVや脱炭素をめぐる政策にどう影響するかが注目される。

欧州議会選挙を見据え、仏ルノー・グループの最高経営責任者(CEO)ルカ・デメオは「欧州に宛てた手紙(Luca de Meo’s Letter to Europe)」と題する提言を2024年3月に発表し、EVにおける欧州エアバス創設を提案した。デメオは米ボーイングと並ぶグローバル2強に育ったエアバス社をモデル・ケースに、脱炭素と経済安全保障、産業競争力の強化をどのように一体的に進めるべきか、欧州全体の被用者の7%にあたる1300万人を雇用し、GDPの8%を生み出し、域外貿易黒字が1020億ユーロ(16兆円)に達する欧州自動車産業によるEVへの一体的な取り組みを提案した。背景には、中国製EV輸入の急増、原材料調達から廃棄バッテリーの再利用に至るライフサイクルにおける中国依存の高さ、米中に対する欧州の製造コストの高さ、米国に比べて購入補助金をはじめインセンティブが不足していることなどがあった。

デメオは域外国との競争環境について、欧州の自動車(A~Cセグメント)の平均生産コストが中国よりも25%高く、中国政府は22年までに1100億から1600億ユーロ(18兆1024億円~26兆3304憶円)の補助金をメーカーに支出したと指摘する。米国は22年8月のIRA(インフレ削減法)の下で3870億ユーロ(63兆6860億円)を経済全体に支出した。中国のエネルギーコストは欧州の半分、米国は3分の1であり、欧州の賃金は中国より40%高いため、欧州は不利な競争を強いられていると強調する。そして欧州メーカーの競争上の不利を訴えつつも、デメオは「中国をEU市場から完全に締め出すのは得策ではない」と主張する。リチウム、ニッケル、コバルトの供給でEUは中国を頼り、台湾には半導体で依存しており、EVの航続距離、充電時間、充電網の整備、ソフトウエアにおいて中国メーカーに学ぶ点が多いからだ。

「EV版エアバス」の下、「キャッチアップのための10プロジェクト」が提案された。(1)購入しやすい小型車の普及、(2)ラストワンマイル革命、(3)自動車のライフサイクル改善と加盟国レベルのEV購入補助金の導入、(4)欧州委員会による充電網の充実戦略、(5)原材料サプライチェーンの戦略的自立、(6)レガシー半導体も含む半導体産業の競争力向上、(7)ソフトウエア・デファインド車(自動アップデート可能車)の標準化、メーカー間で共用できる部品を共用化してコスト削減、(8)クラウドおよびサイバーセキュリティにおいても戦略的自立と脱炭素を目指す、(9)在欧中国企業も巻き込み、リサイクルのチャンピオン企業育成、(10)水素がリストアップされた。

こうした提案は、ドイツではどのように受け止められているのか。ドイツでの匿名・複数の関係者の受け止めは、冷ややかだった。いわく、デメオの提案は典型的にフランス的、つまりフランスの国益ための欧州統合、との発想が強すぎて賛成できない。フランス人はなにかとすぐにエアバス・モデルを持ち出せば万事うまくいくと思っている。これらの指摘の背景には、デメオの提案内容は独フォルクスワーゲンが傘下各社(アウディ、セアト、シュコダ、ポルシェ、ランボルギーニなど)を挙げて既に取り組んでいるものばかりである、とのさめた見方があり、次期欧州委員会の下で、EUレベルでことさらに騒ぐことではない、との見方だ。中国製EVであるBYD各車はガソリン車と遜色ない新車価格まで下がってきており、コスト競争力が高いが、独仏をはじめ欧州メーカーは中国にならい部品を共用にして中国製EVに対抗しなければならず、主導権を争っている場合ではない──。欧州議会選挙まで一週間に迫った5月26日、欧州委員会が近く中国製EVに対する追加関税の導入を決定する模様であり、論点はすでに税率の水準の設定にあると報道された。

独仏メーカーの思惑の一方で、EUによるEVシフトを強く打ち出した張本人であるフォン・デア・ライエン委員長は24年2月、欧州議会選挙の後も続投する意向を表明し、中道右派で欧州議会の第1会派である欧州人民党(EPP)は3月、次期欧州委員会委員長の候補に現職のフォン・デア・ライエンを選出した。「Politico」の議席予想によれば、24年5月時点でEPPが175、中道左派の欧州社会民主進歩同盟(S&D)が143であり、両党とも横ばいであるが、環境政党の緑の党・欧州自由連盟(Green/EFA)は支持率が下降し41議席にとどまる。

押し寄せる中国製EVに対し EUは一層のEV推進を堅持するのか、HVや持続可能燃料を使う内燃エンジン車をどこまで許容するのか、次の欧州委員会の人選が固まるまで予断を許さない。

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