2024年のノーベル平和賞が10日、ノルウェーの首都オスロで日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)に授与される。過去の受賞者にはキング牧師やマザー・テレサらが名を連ねる栄誉の式典。平和な未来への希望を託した賞の成り立ちをまとめた。
ノーベル平和賞はスウェーデンの化学者アルフレッド・ノーベルの遺言によって創設された。世界で最も権威ある賞の一つで、選定条件は「国家間の友愛、常備軍の廃止または削減、平和会議の開催・促進のために最大または最善の仕事をした人」とされる。
対象は国際紛争の調停や核廃絶、人権活動や民主化運動などの分野で活躍した人や団体。2023年までに計111の個人と計30の団体が受賞した。日本被団協の受賞により、日本は1974年の佐藤栄作元首相以来、50年ぶり2例目となる。
選考はノルウェー国会が任命した5人で構成するノーベル賞委員会が行う。化学賞や文学賞など、他の賞はスウェーデンで選ばれるが、平和賞だけはノルウェーで選ばれる。理由は明かされていない。
賞の創設時、ノルウェーはスウェーデン国王を君主とする連合王国を構成し、独立を目指していた。その姿勢がスウェーデンよりも平和で民主的だったため、平和賞の選考にふさわしいとノーベルが考えた、とする説もある。
委員会は前年9月に該当分野の専門家や過去の受賞者らに受賞候補の推薦依頼状を送付する。1月末に推薦を締め切り、厳しい審査・選考を経て毎年10月に投票による多数決で受賞者を決定、発表する。授賞式はノーベルの命日である12月10日にノルウェーの首都オスロで開かれる。
1901年の第1回は赤十字社を創設したアンリ・デュナンらが受賞。これまで公民権運動の旗振り役となったマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師(64年)、インドで貧者救済に力を注いだ修道女、マザー・テレサ(79年)、「国境なき医師団」(99年)、「気候変動に関する政府間パネル」(2007年)などが名を連ねてきた。
平和賞は緊迫する国際情勢も反映される。
ロシアによるウクライナ侵略が始まった22年は、ベラルーシの人権活動家アレシ・ビャリャツキ氏とウクライナの「市民自由センター」とロシアの「メモリアル」に贈られた。両当事国やロシア友好国で平和と民主主義の追求を続けた功績が評価された。
その後もイスラエルとイスラム組織ハマスの間で起きた戦闘が周辺国を巻き込みながら悪化の一途をたどり、各地で戦火が絶えない。核の脅威が消えぬなかで決まった日本被団協へのノーベル平和賞。託されたのは、核なき世界を成し遂げた未来への希望だ。
(松冨千紘)
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「核廃絶」過去にも選出
核兵器の廃絶や不拡散の取り組みを評価したノーベル平和賞の受賞例は過去にもある。
冷戦下の1974年に受賞した佐藤栄作元首相は核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則を提唱、日本が核拡散防止条約(NPT)に署名したことなどが重視された。同年5月にインドが核実験を行い、核の脅威が広がるなかでの選出だった。
だが佐藤氏を巡っては後年、米国との間で有事の際に沖縄への核兵器の持ち込みを認める「密約」を交わしていたとする経緯が発覚。受賞を懐疑的に捉える向きもある。
2009年4月、訪問先のチェコ・プラハで「核なき世界を目指す」と表明し、核軍縮政策を呼び掛けた米国のオバマ大統領(当時)は同年の平和賞に輝いた。
大統領就任1年目での受賞決定に「理念先行で実績が伴っていない」との声もあがったが、翌10年にロシアとの間で新戦略兵器削減条約(新START)に署名。15年にイランとの核合意を実現させるなど一定の実績を残した。
日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)のように団体として核廃絶を訴える活動が受賞につながったケースとしては、医師らでつくる「核戦争防止国際医師会議」(1985年)、科学者有志による「パグウォッシュ会議」(95年)などがある。
記憶に新しいところでは2017年に選ばれた非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)だろう。日本被団協とも連携し、被爆者の訴えを国際社会に向けて発信。同年7月に採択された核兵器禁止条約の成立に主導的な役割を果たしたことが評価された。
カナダ在住の被爆者、サーロー節子さん(92)は授賞式で「核兵器は必要悪ではなく、絶対悪」と演説。同条約によって「核兵器の終わりの始まりにしよう」と呼びかけ、世界の指導者に行動変容を求めた。
ただ同条約に反対する核保有5カ国の大使は授賞式を欠席。厳しい現状を浮き彫りにした。
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女性・子ども、権利に光
ノーベル平和賞は近年、女性の受賞が相次いでいる。当事者の立場から女性や子供の権利拡大に貢献したことが評価されている。
2014年に史上最年少の17歳で受賞したマララ・ユスフザイ氏(27)は、全ての子供が教育を受けられる権利を訴えた功績が認められた。
アフガニスタンと隣接するパキスタン北部の出身で、女子教育への弾圧を強めるイスラム主義組織タリバンから下校途中に銃撃された経験を持つ。授賞式では「空っぽの教室は私たちで終わりにしよう」と世界に呼びかけた。
23年の受賞者でイランの人権活動家、ナルゲス・モハンマディ氏(52)は厳格なイスラム体制下の同国内で起きた人権侵害を告発した。
イランでは22年、髪を隠す「ヒジャブ」のかぶり方が不適切だとして、当局に拘束された女性が死亡。「女性、命、自由」をスローガンに、全土で大規模な抗議デモが起きた。
同氏は反国家的なプロパガンダを広めたとする罪などで幾度となく拘束され、獄中から自由や平等を求める女性らを後押しした。収監中のため授賞式に出席できず、「闘いは続く」とのメッセージを寄せた。
性被害を告発する「#MeToo運動」が世界で広がった18年に受賞したのは、紛争下での性暴力根絶に取り組むイラク人女性、ナディア・ムラド氏(31)ら。過激派組織「イスラム国」(IS)の性奴隷だったと実名で証言し、性暴力が戦争の「武器」として使われている実態を告発した。
政界の女性リーダーも栄誉に輝いた。
11年の受賞者の一人、リベリアのエレン・サーリーフ氏(86)は06年、民主的に選ばれたアフリカ初の女性大統領に就任。在任中、内戦で荒廃し貧困にあえぐ国の再建に取り組み、女性閣僚の起用を進めた。
当時は中東やアフリカで民主化運動が活発化し「アラブの春」と呼ばれた。ノルウェーのノーベル賞委員会は、授賞理由として「女性の権利獲得に向けた非暴力の闘い」を挙げ、女性が平和構築のプロセスに関わる重要性を示した。
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