今年のノーベル平和賞の授賞式が10日、ノルウェー・オスロで開かれる。栄誉を受けるのは、核なき世界を目指して草の根活動に長年取り組んできた日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)のメンバーら。人類に対する最大の貢献者に贈られる祝典で、全世界に向けて被爆の実相を訴える。
日本被団協の代表団は8日午前、羽田空港からオスロに向けて出発する。13日に帰国するまでの間、授賞式のほかノルウェー国王夫妻との謁見など様々な公式行事に出席。現地の高校や大学に招かれ、被爆体験を証言する。
「(核廃絶へ向け)大きな運動が起きるきっかけになってほしい」。授賞式で演説する日本被団協の田中熙巳代表委員(92)は出国前の記者会見で力を込めた。
広島、長崎の被爆者の仲間とともに、核兵器がもたらす破滅的な被害を世界に向けて発信し続けてきた。長年にわたる地道な活動が、核使用は決して許されないとする「核のタブー」確立に貢献したと評価された。
被爆者は戦後、1952年にサンフランシスコ講和条約が発効するまでの間、沈黙を強いられた。GHQ(連合国軍総司令部)によるプレスコード(報道規制)のために、被爆の実相を語ることが許されなかったためだ。
転機は1954年。太平洋のビキニ環礁で行われた米国の水爆実験により、近海で操業中だった第五福竜丸が放射性降下物「死の灰」を浴びた。反核を訴える世論が高まるなか、日本被団協は56年に結成された。
結成宣言は「人類は私たちの犠牲と苦難をまたふたたび繰り返してはなりません」とうたう。メンバーらは原水爆禁止や被爆者の援護拡大を掲げ、後遺症や偏見などに苦しむ実態を証言。署名運動や国会での要請活動を展開した。
同時に国際社会に向けた発信にも力を入れた。
冷戦下、国連の軍縮特別総会に代表団を派遣。82年に被爆者代表として初めて参加した故山口仙二さんは壇上で「ノーモア・ヒバクシャ」と呼びかけた。85年の米ソ首脳会談の際には、両国代表団との面会も実現。ノーベル平和賞の候補にも挙げられた。
近年も核拡散防止条約(NPT)再検討会議に代表団を派遣したり、核兵器廃絶を全ての国に求める「ヒバクシャ国際署名」活動を展開したりするなど精力的な活動を続ける。
2016年に米国のオバマ大統領(当時)が現職として初めて広島を訪問した際には、坪井直代表委員(21年に死去)は握手を交わし「核兵器のない世界に向けて、ともに頑張りましょう」と呼び掛けた。
他方、被爆者の平均年齢が85.58歳(23年度末)と高齢化が進み、どう活動を維持していくかが課題だ。地方組織は11県で解散や活動休止を余儀なくされ、被爆2、3世の参画や他団体との連携なども模索する。
ノーベル賞委員会のフリードネス委員長は日本被団協への授賞理由として「核兵器のない世界を実現するための努力」と「核兵器が二度と使われてはならないことを目撃証言を通じて示してきたこと」を挙げた。
ウクライナ侵略を機に、ロシアのプーチン大統領は核兵器使用を示唆した。人類滅亡までの時間を示す「終末時計」は現在、過去最短の「残り90秒」を指す。核の惨禍を訴えてきた生き証人の言葉は、望まぬ形で重みを増している。
(野呂清夏)
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眠る核1.2万発 思惑交錯、進まぬ軍縮
世界には約1万2千発の核弾頭が存在する。総数はわずかに減っているものの、アジアでは増加傾向にある。ウクライナ侵略をきっかけにロシアが戦略兵器削減の履行停止を表明するなど、核軍縮の行方は不透明さを増している。
スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の推計によると、世界の核兵器数は1万2121発(1月時点)。9割超を保有する米国とロシアが老朽化した核弾頭の解体を進めるなどした結果、総数は前年比3%(391発)減となった。だがミサイルなどに実戦配備されている数は3904発と、同2%(60発)増加した。
特に配備増強が際立つのがアジアだ。中国は前年比22%増の500発。うち24発が配備された可能性がある。SIPRIは「中国は今後10年、核保有数を増やし続ける」との見方を示す。核開発を続ける北朝鮮も前年より20発多い50発と推定している。
核軍縮は各国の思惑が交錯し、難航しているのが実情だ。
1970年発効の核拡散防止条約(NPT)は米国、ロシア、英国、フランス、中国の5カ国に限定し核保有を認めた。191カ国・地域が締約する一方、核保有国のインドやパキスタン、イスラエルは非加盟。北朝鮮は脱退を宣言し、核実験を繰り返す。
21年発効の核兵器禁止条約は核兵器の開発や製造、使用を全面的に禁じる。今年9月までに73カ国・地域が批准したが、NPTで核保有が認められた5カ国や米国の「核の傘」に守られる日本は参加していない。
米ロは、配備済みの戦略核弾頭数や弾道ミサイルなどの運搬手段を削減する新戦略兵器削減条約(新START)を締結。11年に発効し、21年から5年間の延長に至ったものの、23年にロシアが履行停止を表明した。ウクライナを支援する米国を揺さぶる思惑とみられている。
(結城立浩)
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