<被団協・田中熙巳さん 未来への伝言㊥>  原爆投下から11年後に誕生した日本原水爆被害者団体協議会(被団協)。生きることに苦しむ被爆者を支える運動から始まり、やがて核廃絶を目指していく。だが活動の中核を担ってきた田中熙巳(てるみ)さん(92)は当初、「自分が被爆者だとは思っていなかった」。

原爆投下で焦土となった長崎市内。正面は浦上天主堂(1945年8月10日撮影)

◆自分は「被爆者」ではなく「支援者」という意識

 被爆者健康手帳は20代半ばに取得した。元気だった同級生が急性白血病で突然亡くなり、不安になったためだ。生き残っても、放射性物質にじわじわと体を蝕(むしば)まれる。原爆、つまり核兵器の恐ろしさはそこにあった。  幸いその後も健康だった田中さんは大学を卒業し、28歳で東北大(仙台市)の研究助手になる。時代は1960年安保の真っただ中。「教員組合でデモばかりしていた」。被爆者団体の手伝いを始めたのは70年代に入ってから。ここで、生協や教員組合で磨いた組織運営の手腕を発揮する。すぐに宮城県の被爆者団体の事務局長に。ただ、自身の意識は「支援者」だった。

◆原水爆禁止運動の統一世界大会で、突然の代役に

1985年、被爆者の要求を知らせるため日本被団協が全国を行脚した(右から2人目が田中さん、本人提供)

 転機は77年夏に訪れる。米ソ冷戦のあおりで分裂していた原水爆禁止運動だったが、久々に統一世界大会が開かれた。そこで演説予定だった長崎の被爆者代表が体調を崩し、急きょ代打を頼まれる。田中さんは「私は被爆者じゃない」と固辞したが、「あんたは度胸があるから」と被団協の役員に夜通し説得された。親族を亡くして極貧に陥ったことを明かすと、こう言われた。「それはまさに被爆者の体験じゃないか」  1万人近くの聴衆の前でマイクを握った。会場が広くて音が反響し、自分の声が聞こえない。「周囲の理解が進んできたことに感謝する」「被爆者の実態を知ってほしい」―。無我夢中で訴えると、満場の拍手が起きた。緊張のあまり、振り返りもせず舞台を降りた。何かが吹っ切れた。「被爆者として生きていこう」  就職の翌年、高校の同級生だった晴子さんと結婚し、3人の子に恵まれた。妻は2019年に亡くなるまで、黙って活動に協力してくれた。「彼女は焼け跡になった長崎...

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