松本人志氏(資料写真)
◆「お詫び」でも「物的証拠はない」
12日、「こちら特報部」はJR新橋駅前で、訴訟取り下げについて聞いた。 「公の場でしっかり説明するのが筋。うやむやにして結局復活ってありえない」。会社員の女性(23)は言い切る。 アパレル勤務の女性(24)は「あーごめんなさい。その名前(松本氏)を耳にするだけで無理」とさらに厳しい。「芸能界って甘い。テレビに出ていたら絶対チャンネル変えます」 松本氏は8日、コメントを発表した。「女性の中で不快な思いをされたり、心を痛められた方々がいらっしゃったのであれば、率直にお詫び申し上げます」としつつ、性加害については「強制性の有無を直接に示す物的証拠はない」と認めず、文芸春秋側との金銭の授受は「一切ない」とした。コメントが掲載された松本人志氏のX(旧Twitter)のポスト(スクリーンショット)
北海道網走市から上京していた男性(74)は「網走でも話題になっている。コメントも自分を正当化して言い訳ばかりだ」と切り捨てた。◆「自信があるなら、なぜ最後まで戦わないのか」
突然の取り下げをいぶかしげにみる向きもある。 元会社員の男性(74)は「家でやることもなく、年末年始を前にまたテレビに出たくなったんじゃないのか。訴訟を続けても時間のロスだと見切りをつけたんだろう」と語る。 会社社長の男性(73)は「結局世の中は力があるやつが勝つ。弱いやつは強い力に群がり守られる。そうこうしている間に国民は忘れる」と突き放す。そして「記事に絶対の自信があるなら、なぜ文春は最後まで戦わなかったのか」。 週刊文春は昨年12月、松本氏がホテルで複数女性に性的行為を強要したと報道した。吉本興業は「事実無根」と抗議し、今年1月、裁判に専念するとして松本氏の当面の活動休止を発表。松本氏は同月、文芸春秋などを相手に、5億5000万円の損害賠償と謝罪広告掲載を求めて提訴していた。◆「戻ってくる!」はしゃぐ芸人たち
文芸春秋も今月8日、週刊文春編集長名で「(松本氏側から)心を痛められた方々に対するお詫びを公表したいとの連絡があり、女性らと協議のうえ、取り下げに同意しました」というコメントを発表した。文春オンラインに掲載された週刊文春のコメント
「こちら特報部」の取材に対し、訴訟取り下げへの市民の反応は冷ややかだったが、X(旧ツイッター)上では一部芸能人などの間に歓迎ムードが漂う。 松本氏との共演も多いお笑いコンビ「さまぁ〜ず」の三村マサカズ氏は「松本人志復活!ですなぁ。いいねーーーー!」と投稿。「オズワルド」の伊藤俊介氏も「戻ってくる!!やっと!!嬉しすぎ!!」とはしゃいだ。 訴訟取り下げの理由を詳しく知るため、「こちら特報部」は12日、両社に質問状を送った。吉本興業広報室は「訴訟代理人弁護士にご確認いただけますか」と回答。代理人の田代政弘弁護士らは文書で「公表済みのコメント以外の情報発信を行う予定はございません」などと述べた。 文芸春秋法務・広報部は「発表コメントがすべてとなります」とした。◆文春が「和解」に応じた意図が読めない
名誉毀損の損害賠償請求額として、5億5000万円は異例の高額だ。なお、この金額の大半は精神的苦痛への慰謝料だった。提訴段階では出演キャンセルなどによる「財産的損害」は含んでいない。松本人志氏の第1回口頭弁論を前に、東京地裁前に集まる報道陣=3月28日、東京・霞が関で
現実的にこの賠償額を裁判所が認めるのか。 名誉毀損問題に詳しい中沢佑一弁護士は、賠償を裁判所が認める場合の相場について「慰謝料は一般的に数十万円程度。社会的影響力がある著名人で1000万円程度のケースもあるが、傾向としては数百万円程度だ」と解説する。 一方、訴えの取り下げについては、請求での目標が提訴後に達成された場合や、勝ち目がなく敗訴判決を避ける場合が想定されるとし、「原告としては何も得られないので、基本的にはやらない」という。 取り下げには被告側の同意が必要だ。ただ、双方が譲歩して問題を解決する「和解」と違い、提訴前の振り出しに戻るだけともいえる。文春が応じた意図は読めないとしつつ「実質的に裁判外での和解だと思うが、特異なケース」と話す。◆年末特番、春の改編前のラストチャンス?
松本氏と吉本興業のコメントからは何が読み取れるのか。元毎日放送プロデューサーで同志社女子大の影山貴彦教授(メディア論)は「なんとか活動を再開したいという松本氏と吉本の思いがにじみ出ている。大きな特番がある年末年始や春の改編期を前に、今がラストチャンスと考えたのでは」と分析する。松本人志氏の訴訟の第1回口頭弁論を前に、傍聴券を求め列を作る人たち=今年3月、東京地裁で=3月28日、東京・霞が関で
ただ、「松本氏は活動再開をするなら、まずは説明責任を果たすべきだ」とくぎを刺す。メディア側にも厳しい目を向ける。旧ジャニーズ事務所での性加害問題で、メディアは対応に及び腰だった。影山教授は特にテレビ局を念頭に、「吉本の対応を待たずに、各局が主体的に対応方針を視聴者に示し、今後起用するか否かなどのスタンスを説明すべきだ。これ以上、業界への視聴者の不信感、失望感を上塗りさせてはならない」と求める。 訴訟が終結しても、残された問題は他にもある。これまで交流サイト(SNS)上で、被害を訴えた女性側を非難する投稿が相次いだ。取り下げの際に、松本氏がコメントに「強制性の有無を直接に示す物的証拠はないことを確認」と記載した部分を取り上げ、「性加害はなし」と断定する投稿が見られた。◆性暴力は「被害者の落ち度」なのか
琉球大の矢野恵美教授(ジェンダー法)は「通常、性犯罪には客観的証拠がないことが多い。問題とされた記事も最初からそれを前提としていた。松本氏がコメントにあえて記載したことで、ホテルに付いていったり、後でLINE(ライン)を送ったりしているから、性加害はなかったとか、被害者にも落ち度があったという論調が再燃するのではないか」と指摘する。 性暴力での「被害者の落ち度論」は古くからあり、根底に偏見や被害実態の無理解があるという。昨年成立の刑法改正で、性行為の際に同意がなければ性犯罪になり得ると規定されたが、浸透していると言えない。「落ち度論」をなくすには「子どものときからの性教育や業界での研修を通じ、社会の認識を改めていくしかない」と話す。 巨額の賠償を求める「威嚇的」な訴訟手法も問題視されている。国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」副理事長の伊藤和子弁護士は「勇気を出して声を上げても莫大(ばくだい)な請求をされれば、被害を訴える側、報道機関の萎縮を生む。こうした手法にブレーキをかけないと、同じやり方が横行しかねない」と懸念する。 そのためには、吉本側による今回の問題の検証と総括が不可欠と指摘。「もともとの性暴力の問題が問われなければならない。市民、視聴者も何事もなかったかのようにエンタメを消費するのではなく、社会的プレッシャーをかけていくことが必要だ」◆デスクメモ
名誉が毀損されたとして司法的救済を求める権利はだれにもある。ただ松本氏の賠償請求額はあまりに巨額だ。そして唐突な取り下げ。被害を訴えた側や報道への威嚇ととられても仕方がない。そうでないというなら説明が必要だ。これで幕引きして復帰というのは受け入れられない。(北) 鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。