住宅地の路上をNo need terrorist(テロリストはいらない)など排外的な掲示を持って更新する人たち=今年4月、埼玉県内で

 「クルド人なんか帰れ」。今年8月の夕。埼玉県川口市の公園。トルコの少数民族クルド人と日本人の子どもらがサッカーに興じていると日本人の若者2人が叫んで乱入してきた。若者はクルド人の子どもを蹴ったり、シャツを引っ張ったりしてきた。  1人の子の大学生の兄が通りがかった時には、騒ぎは終わっており、あざができた子が泣いていた。シャツに血がついた子も。警官が若者から話を聞いていた。「酔っぱらいですね。よく注意しておきますから」。警官は兄に言った。「私たちクルド人になら何をしてもいいと思う人が増えている」。兄は言う。子どもが危険な目に遭っていないか、見回りが日課になった。  クルド人へのヘイト(憎悪)が激化し、子どもまでもが攻撃対象になっている。店にいただけの女児を盗撮した動画が「万引現場」としてX(旧ツイッター)で拡散され、家の前にいる小学生が隠し撮りされ「学校に行かされていない」と虚偽の説明とともにネットに流された。被害者の子らは心的外傷に苦しむ。  クルド人へのヘイトスピーチなどが野放しになっているのは、政治家と行政が「見て見ぬふり」をしていることが大きい。  2016年、国はヘイトスピーチ解消法を定めたが、罰則がなく実効性は薄い。川崎市は在日コリアン(韓国・朝鮮人)へのヘイトデモ対策で刑事罰を科す条例を作ったが、クルド人の多い川口市や埼玉県は、実効性ある施策を打っていない。  神原元(はじめ)弁護士は「ヘイトスピーチを放置すれば深刻なヘイトクライム(憎悪犯罪)につながる」と警告する。大正期、朝鮮人差別が放置された状況は、関東大震災直後に「朝鮮人が暴動を計画している」などのデマを生み、信じた人々が各地で朝鮮人を虐殺した。3年前も在日コリアンが暮らす京都ウトロ地区で「不法占拠」などのデマを信じた青年が住宅に放火した。  「しょせん外国人の話」なのだろうか。ナチス支配下のドイツで、ヒトラーに反発し7年超の収容所生活を強いられ、息子も戦死したニーメラー牧師は振り返った。  〈ナチスが共産主義者を連れ去った時、私は声をあげなかった。私は共産主義者でなかったから。労働組合員らを連れ去った時、声を上げなかった。組合員ではなかったから。ユダヤ人を連れ去ったときも声を上げなかった。私はユダヤ人でなかったから。彼らが私を連れ去ったとき、私のために声をあげる者は誰ひとり残っていなかった…〉  少数派の人権が侵される社会は市民全員の人権を軽んじる社会になる。日本でも朝鮮人虐殺の翌々年には共産主義者を弾圧する治安維持法が施行され、昭和になると全国民の人権をないがしろにする軍国主義が進み、第2次大戦の破局に突入していった。クルド人ヘイトは「ひとごと」ではないのだ。


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