◆88歳の職人が1人で切り盛りする工場を緻密に記録
3Dスキャンの技術で立体的に再現された岩井製作所の内部(酒百宏一教授提供)
塗装のはげた旋盤加工の機械の周りに、鈍く光る鉄くずが散らばる。レトロなダイヤルや計器類も含め、細部まで画像に再現されているのは、京急蒲田駅近くの金属加工会社「岩井製作所」。今年6月、地元蒲田にキャンパスがある東京工科大デザイン学部の酒百(さかお)宏一教授が訪れ、工場内部の光景をデジタルデータで立体的に取り込む3Dスキャンで緻密に記録した。 一人で工場を切り盛りするベテラン職人の岩井仁さん(88)は50年以上も金属加工に携わり、原子炉や新幹線の車体を制御する装置のシリンダーも手がけた。跡取りはおらず、工場は自分の代で閉めるつもりだ。「小さい工場だけど、誇りを持って仕事を続けてきた」と話し「こういう工場の雰囲気が良いという人もいるもんなんだね」と笑顔で首をかしげた。岩井製作所の工場で金属加工の作業をする岩井仁さん=東京都大田区で(酒百宏一教授提供)
酒百教授は大田区に集積する町工場の美しさに着目。廃業した町工場から機械部品や工具を譲り受け、色鉛筆で模写するワークショップを2013年から続ける。「使った人の息づかいが道具に宿る。経年変化で生まれる美しさがある」と感じ、ワークショップの絵と道具類を同時に紹介する展示も開いてきた。◆「この街のアイデンティティーを残したい」
区内には古くから金属加工などの町工場が軒を連ねてきたが、近年は経営者の高齢化などで廃業が相次ぐ。酒百教授は「この街のアイデンティティーである町工場の記憶を残せないか」と考え、6月から3Dスキャンの技術を使った保存に着手した。東京工科大の酒百宏一教授
これまでの活動で知り合った工場経営者らのつてをたどり、スキャンさせてくれる工場を探し、まず試験的に岩井製作所を記録。さまざまな機械や道具が配置される工場内部を立体的にとらえ、色彩や陰影もなるべく実物に近づけた。◆VRゴーグルで工場内を体験する構想も
次の計画は決まっていないが、今後も工場をスキャンし、仮想現実(VR)ゴーグルなどで工場内を体感できるイベントも構想している。酒百教授は「建物が失われても、データが残っていれば、地域の営みや歴史を振り返ることができる」と話している。東京都大田区の町工場 関東大震災を機に都心にあった工場が大田区に移転する中で形成された。戦後の経済成長期には、京浜工業地帯に機械金属を主とする製品を供給する小規模な工場が集積した。1980年代の円高での製造業の海外移管、2000年以降の自動車メーカーのコスト削減、経営者の高齢化に伴う後継者不足などから廃業が相次ぐ。工場数は、ピークだった1983年の約9200軒が、2021年には約3600軒にまで減った。複数の町工場が手分けして一つの製品をつくる「仲間まわし」と呼ばれる手法が根付いている。冬季五輪に挑む「下町ボブスレー」の取り組みで知られる。
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