虐待を受けながら社会的養護につながらず大人になった、かつての子どもたちをどう支援していくか。児童福祉法が改正され、本年度からこうした子どもたちや若者を支援する取り組みが始まった。ただ、自治体によっては取り組みに温度差もある。支援のあり方を考えた。(木原育子)

◆新宿駅前で声をからし「知ってほしい」

 児童虐待防止推進月間が始まった今月1日、JR新宿駅前(東京都新宿区)。虐待などで親を頼ることができない子どもや若者たちを支援する「首都圏若者サポートネットワーク」のメンバーたちが若者支援のための募金活動に声をからしていた。  「どれだけ立派な講演会を開いても、来てくれるのは意識が高い人たち。興味がない人にこそ知ってもらいたい」。今回、募金を提案したなおとさん(21)が開催理由を語った。

児童養護経験者らが声を上げた街頭募金活動=東京都新宿区のJR新宿駅前で

 なおとさんは壮絶な虐待を受けて育った。ただ、どこに助けを求めればいいかわからず17歳まで耐えた。ようやく警察に保護され自立援助ホームに。「心からほっとした。もっと早く声を上げればと後悔した」  なおとさんは社会的養護につながったが、つながらないまま成人するケースも。こうした被虐待者も支援していこうと、本年度から「自立支援拠点事業」として対象者を拡充した。

◆名古屋や神戸などの都市でも着手できない

 しかし、こども家庭庁によると、10月時点で実施したのは児童相談所機能を持つ80自治体のうち54と7割に満たない。秋田、鹿児島など大都市圏から遠い自治体で実施していない県が多いが、名古屋、神戸、金沢などの都市でも着手できていない。  児童養護施設の退所者らを支援する団体の全国ネットワーク「えんじゅ」事務局の今井峻介・調査担当は「被虐待などで親を頼れない若者への支援の担い手が足りないのは明らか。地域でばらつきがあることも問題だが、事業の対象者数を把握できていないことが、事業の必要性を見えにくくしている」と訴える。  こども家庭庁家庭福祉課の中谷沙織係長は「潜在的なニーズがどれぐらいあるのか具体的な数値はつかめていないが、必要性はわかっている。全県での事業化を目指したい」と話す。

◆「地方で声を上げられないことを想像して」

 実施していない自治体にはどんな事情があるのか。  富山県の担当者は「事業化したい気持ちはやまやまだが、委託する民間団体がない」。長野県の担当者も「児童養護施設を退所した子どもたちのフォローで精いっぱいなのが実情」と語る。

(イメージ写真)

 静岡県は県では実施しているが、浜松、静岡両政令市は設置していない。静岡市の担当者は「推進計画を策定していく中で3者で協議することもあるが、個別事業では協議していない」とする。  社会的養護に詳しい千葉大の宮本みち子名誉教授(社会学)は「東京に命からがら逃げてくる子は、事業を実施していない県市からも多い。声を上げられない状態であることを想像してほしい」と訴える。

◆「施設に保護されて終わりではない」

 生後4カ月から19歳まで乳児院と児童養護施設で育った映画監督の山本昌子さん(31)は「虐待は大人になっても精神的な『虐待の支配』から抜け出せず、さまざまな場面で不調を来す。保護されて終わりではないということを知ってもらいたい」と話す。  筑波大の土井隆義教授(社会学)は「国は困難を抱える若者支援を相当強化しようとしている。だが、自分がどういう立場に置かれているかを客観的に捉え、支援を求めてもいいのだと思える知識を学ばせていくことも必要だ。支援の受け皿づくりだけでなく、そこへアクセスしてもよいという権利意識を育むのも大切」と指摘した。 

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