世界中に広がる製品のサプライチェーン(供給網)。その一角を担う途上国では、労働者が人権侵害のリスクに直面している。NGOが10月、コロナ禍で自転車需要が変動する中、マレーシアの部品工場でトラブルが起きたと発表し、納入を受ける日本企業も批判した。「取引先の問題は無関係」では済まされない人権意識の今とは。(中川紘希、山田雄之)

◆マレーシアの部品工場で強制労働や搾取

 「シマノは世界的企業で海外に広がるサプライチェーンから利益を得ている。その責任を果たすべきだ」  国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ(HRN)」の小川隆太郎事務局長は10月中旬、東京都内で開いた会見で訴えた。

ヒューマンライツ・ナウの小川隆太郎事務局長

 堺市を本社とするシマノは1921年創業で、自転車部品や釣り具などを製造している。国際的な自転車競技大会ツール・ド・フランスとパートナーシップ契約を結び、出場選手にバイクの部品を提供している。

◆労働者の中途解約に補償なし、賃金未払いも

 HRNなどによると、問題になったのは、自転車部品をシマノ側に提供するマレーシア南部ジョホール州の企業、クワン・リー・インダストリー(KLI)。労働者が2023年4月、働くために過大な手数料を負ったり退職を強制されたりしたとして外部の人権団体に通報した。英紙テレグラフが同年12月に「身体的虐待や脅迫、違法な給与控除などがあった」と報じ、注目が集まった。  背景にあるのは、新型コロナウイルスの感染拡大。アウトドアなどの目的で自転車需要が急増したため、KLIは2022年9月、移民労働者のあっせん業者とネパール人251人を月額1500リンギット(約5万円)で2年間雇用する契約を交わした。労働者はあっせん手数料1人30万ネパールルピー(約35万円)を業者に支払うため、借金を強いられたとされる。  210人が働き始めたが、2023年に世界の自転車需要が減少。KLIは事業規模を縮小し賃金を削った。人員が余ったため、労働者に達成不可能な生産目標を課し「できないなら辞職し帰国を」などと脅迫したとされる。KLIは同年6月、82人を帰国させた一方、一部にしか中途解約に対する補償や未払い賃金の支払いをしなかったという。

◆「通報に即応しなかったこと、情報開示も不十分」

 HRNの小川事務局長は「現地で労働者を支援する人権活動家がシマノに連絡した際、同社は対応しなかったため、HRNに協力を要請した。HRNがシマノへの手紙を和訳するなど支援した」と明かす。シマノは最終的にKLIに、労働者への補償として1人約40万ネパールルピー(約47万円)を支払うことに合意させたという。

HRNが公表する報告書

 シマノの見解はどうか。  「こちら特報部」の取材に「当社子会社のサプライヤーに関して、問題が確認されたことは大変重く受け止めている。人権尊重の取り組みを急ぎ進めている」などと回答した。労働者への補償については「個別事案となり回答は差し控える」とした。  では、今回の問題にどう向き合うべきだったのか。小川事務局長は「サプライチェーンの問題を自分で見つけ、対処することが望ましい。外部の通報を受けてもすぐに対応しなかったことは反省してほしい。補償の額や人数は公表しておらず、情報開示の姿勢は不十分だ」と指摘した。

◆過去にはユニクロやカゴメも

 サプライチェーンの供給側である海外での人権侵害が取り沙汰され、供給先の日本企業が対応を迫られた例は少なくない。  ファーストリテイリングが展開する衣料品チェーン大手「ユニクロ」は2021年、綿製シャツが中国・新疆ウイグル自治区の少数民族が強制労働で生産した綿花を使用している疑いが浮上。米国の税関で輸入を一時差し止められ、フランスのNGOなどから強制労働の恩恵を受けているとして告発される事態に発展した。

ユニクロの看板(資料写真)

 食品メーカー「カゴメ」も2021年中に新疆産のトマト加工品の使用を終了。品質やコストの観点だけでなく、人権侵害を巡る国際的な批判を踏まえ総合的に判断したという。  国際的に近年、供給を受ける側も部品や原料をつくる過程を含め、人権が守られていることに責任を持つ意識が高まる。  長年ビジネスを巡る人権問題に携わる斉藤誠弁護士は、国連で2011年に採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」が契機だったとし、「指導原則で企業に人権を尊重する責任があることが明確化された。10年ほどたち、世界中に広く定着してきた」と話す。

◆「対応を怠れば企業イメージに傷がつく」

 SDGs(持続可能な開発目標)とも相まって企業の人権対応には厳しい目が向けられているといい、「対応を怠れば企業イメージは傷つく。顧客や取引先などのステークホルダーから信用を失い、市場から締め出されたり、不買運動が起こったりする恐れもある」と説く。  では日本の取り組みは現状、どうなっているのか。  政府は2022年9月、企業向けにガイドラインを公表。サプライチェーン全体での人権侵害を特定し、防止・軽減したり、説明や情報開示したりして救済する「人権デュー・ディリジェンス(DD)」を促しているが、HRNで「ビジネスと人権」を担当する小園杏珠さんは「従わなくてもペナルティーが科されない。強制力がなく、企業の意識を高められるのか疑問だ」と指摘する。

会見するヒューマンライツ・ナウの小川隆太郎事務局長(左)と小園杏珠さん=東京都内で

 HRNが政府に制定を求めるのが、強制労働や労働者の深刻な権利侵害により生産された製品の輸入を禁じる「輸入禁止法」だ。小園さんは「日本企業が供給する側の企業に強制労働が起きないよう働きかけ、政府も輸出国に外交的圧力をかける動きが生まれるだろう」と期待する。  海外には、先行事例がある。米国では2021年、関税法で強制労働や児童労働によって生産された商品の輸入を禁じる中、新疆ウイグル自治区からの物品輸入を原則禁止する法律が成立。欧州連合(EU)も今年3月、強制労働で作られた製品をEU市場で販売することを禁止する規則案に大筋合意した。

◆義務ではない人権DD、中小企業には厳しい面も

 日本企業の一部では人権への意識が高まっている。日本貿易振興機構(ジェトロ)が海外ビジネスに関心の高い企業を対象に実施したアンケートでは、人権DDを実施する大企業は、2022年度は47.2%だったが、2023年度に52.5%に増加した。  ただ中小企業では2022年度に11.2%だったが2023年度には9.7%に減少した。ジェトロ担当者は「海外で規制が高まる中で大企業は意識せざるをえなくなった。ただ人権DDも義務ではない。中小企業は円安や物価高などによる業績悪化の対応に追われているようだ」と話した。  大阪経済法科大の菅原絵美教授(国際人権法)は「法規制を強めて、日本企業が問題のある外国企業との取引を控えても、その企業の人権侵害は続く可能性がある」と指摘。「日本企業と取引先が人権リスクに対応する力を高めることが重要。国は企業の個別相談などに応じる支援組織を置いてはどうか」と話した。

◆デスクメモ

 企業にとって労働者はなくてはならない存在のはず。そんな労働者なのに無理強いすれば、心身や生活が壊れてしまう。労働者は、代わりの利く部品ではない。あなたたちと同じ人間だ。同じネットワークにいる以上、つらい状況の労働者に思いをはせるのは当然の責務と自覚すべきだ。(榊) 

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