2019年の参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件で服役した河井克行元衆院議員(61)が、京都で開かれた日本犯罪社会学会で登壇し、刑務所内での日々を振り返った。これまでも収監された元国会議員や官僚らがベールに包まれた刑務所内の実態を明らかにし、制度改正につながった例はある。河井氏は何を語ったか。(木原育子)

◆拘置所も含め、収監は1160日間に及んだ

 「しっかり見てやろう。いろんな課題があるに違いないと思ったので」  刑期満了前日の10月19日、京都大学の大講義室の壇上。選挙や後援会でならした絶妙な声質と言葉の間合い取りは健在だった。  声の主は河井氏。1991年に28歳の若さで広島県議に初当選。1996年に衆議院議員に。広島に生まれ、政界とは無縁の一般家庭で育った。同じたたき上げ議員の菅義偉元首相とは同期だ。  2019年の第2次安倍政権下で法相に。翌年、妻・河井案里元参院議員の出馬に際し地元議員らに現金を配ったとして、東京地検特捜部に逮捕された。その数100人、計2871万円。法相経験者の逮捕は、戦後初めてだった。公選法違反の罪で懲役3年、追徴金130万円の実刑判決が確定。喜連川(きつれがわ)社会復帰促進センター(栃木)で受刑し、拘置所も含め1160日間収監され、昨年11月に仮釈放となっていた。  衆院選のさなかだったこともあり、学会では、買収事件や「政治とカネ」に関する質問はご法度。刑務所内の話に限定された。

◆かつて視察で見聞きした話と全く違っていた

 河井氏は、2007年の法務副大臣時代に全国の刑務所を視察したと言い、「歴代では一番多かったと思う。ただ実際に(刑務所の)中で経験したことは、視察で見聞きしたこととはかなり懸け離れていた」と切り出した。「早く出所したい一心で、刑務所内の生活に適応すればするほど、実社会と懸け離れる『受刑者脳』に陥る」と続けた。

大勢の研究者らが訪れた日本犯罪社会学会=京都市左京区の京都大で

 確かに、日本の刑務所では自由権を厳しく制限される。「刑務官からの心情把握もなく、勉強したいと思っても官本は古く、受験できる資格も簿記のみ。出所後に本当に役に立つのか、疑問を抱く職業訓練がいくつもあった」  2022年の再犯者率は47.9%で、2人に1人は刑務所に戻る現実がある。「一度あの巣穴に入ると、あり地獄のようになかなか抜け出せない。もがいてももがいても、悪いらせん階段に閉じ込められてしまう」

◆「のけぞるほど驚いた」理不尽な言動

 刑務官の侮蔑的な言葉遣いや見下した態度も、幾度も経験した。河井氏は目に持病があり、薬の副作用でまつげが早く伸びて逆まつげになり、眼球を傷つけることがあった。月に1度まつげを切る必要があったが、刑務所の医師に理解されず押し問答に。すると「おい河井! 何だそれは! 職員に対する反復要求で調査・懲罰にかけるぞ!」。若い刑務官に怒鳴られた。  河井氏は「のけぞるほど驚いた。刑務官は日頃から『先生』と呼ばれ、受刑者たちは絶対服従。勘違いを起こして当然だ」と突き放した。

◆「真に国民のための刑務所に変わる」必要性を訴え

 会場は研究者やメディア関係者らでごった返した。終盤の質疑は用意した原稿を読まず、河井氏の言葉で語った。「現状を政治家にわかってもらうには」との質問には「票にならないですからね」と真顔で切り返し、会場が凍り付く場面も。「それは冗談として、仲間の国会議員がたくさんいる。更生保護を考える議員連盟もつくった。しっかり話を伝えたい」と返した。  出所者の声を徹底的に聴き取ること、職員の意識改革、社会で必要な情報提供…。「役所のための刑務所ではなく、真に国民のための刑務所に変わるべきだ」と声を大にして訴えた。

◆議員や官僚の収監経験が改革につながったケースも

 河井氏が今後の刑務所改革をどう見据えているかは分からないが、収監された国会議員や官僚が刑務所の内情を語り、制度改革につなげたケースはあった。

府中刑務所=東京都府中市で

 大きな「功績」の一つが、旧民主党の山本譲司元衆院議員の取り組みだろう。2000年に秘書給与を詐取した罪で433日服役した。受刑者の2割以上に知的障害があることなど、自ら見聞きした体験を書籍「獄窓記」(2003年)「累犯障害者」(2006年)として出版。これを契機に障害があるために理解できず、福祉の網から漏れた人々が罪を繰り返す「累犯障害者」の存在が、広く世に知られるようになった。  長崎県の社会福祉法人・南高愛隣会で理事長を務めた田島良昭氏(故人)が2006年に累犯障害者の実態調査に取り組み、2009年には全国初の地域生活定着支援センターを整備した。

◆ホームレスか刑務所か自死か

 同じ頃、元厚労次官の村木厚子氏は、実体のない団体を障害者団体だと認める証明書を偽造したとして、逮捕された。無実の罪で勾留された大阪の拘置所で、服役する若い女性たちの姿に、この国の福祉の現状を知る。

若い女性の悩みに向き合う若草プロジェクトの研修会=東京都内で

 「悪いやつ、ずるいやつはおおよそおらず、生きづらさを抱えた人たちばかり。厚労省時代に見てきた福祉現場そのものだった」と村木氏は振り返る。「本当に困窮している人たちの共通点は、複数の困難を抱えていることと、社会や人とのつながりが絶たれていること。その先の彼ら彼女らの行き場所はホームレスか刑務所か自死。支援がなければ一気に転がり落ちる」  前出の田島氏とは旧労働省で障害者雇用対策課長を務めた時に知り合った。冤罪(えんざい)で国から得た損害賠償約3000万円を南高愛隣会に寄付。村木氏自身も刑務所で出会った若い世代の女性たちを支援する「若草プロジェクト」を立ち上げ、精力的に活動してきた。

◆「拘禁刑」では刑務官の存在がより大事に

 来年6月からは、懲らしめを意味する「懲役刑」と「禁錮刑」をなくし、更生支援を主眼とする「拘禁刑」が始まる。村木氏は「刑務所の中だけ変わるのではなく、中と外が一緒に変わる必要がある。その際、最も大切なのは受刑者と日頃から接している刑務官の存在だ。受刑者の言葉を推し量り支える刑務官は、中と外をつなぐ抜群の通訳になり得る」と期待する。

府中刑務所の敷地は高い塀で隔てられている=東京都府中市で

 法務省が昨年公表した全国の刑務官ら約5500人を対象とした調査では、刑務官の仕事内容が、国民や社会から「理解されていない」と感じているのは8割超。使命感や誇りを「感じない」のは4割近くに達するという、刑務官の胸の内が明らかになった。  日本犯罪社会学会の会長で、元法務官僚として刑務所での勤務経験もある龍谷大の浜井浩一教授(犯罪学)は「やりがいを感じている刑務官の多くは、受刑者を規律正しく行動させられることに意義を見いだしていると考えられる。少年院の教官のように、更生し、変わっていく過程にこそやりがいを感じなければ法改正しても本質的には変わらない」と見通す。

◆「刑務所内を知ってもらうことは一般社会にも利点」

 岐路に立つ刑務所。そんな中で元政治家ら制度をつくる側にあった人たちが、内情を語る意義とは何か。  「一般的な受刑者は、河井さんの言う『受刑者脳』になっており、刑務所がどれだけ異常で実社会と離れているか認識しづらくなっている」とする。一方で「立場ある人が収監されると、これまでの世界と全く違うため、より客観的に刑務所を捉え、矛盾に気付きやすい」とする。  「受刑者は必ず社会に戻る。更生意欲の高い受刑者が戻る方が良い循環を生む。発信力のある人が刑務所の実情を語り多くの人に知ってもらうことは刑務所だけではなく、一般社会にも利点を生むことにつながる」と浜井氏は見据える。

◆デスクメモ

 山本氏の事件を取材していた。旧民主党の若きホープとして人気を誇ったが逮捕で急転した。その後、汚物処理など障害者の世話をした刑務所体験を著書で読み、受刑者への福祉の観点も必要と知った。人生は続く。出所者が外で語ることは更生を支える社会をつくる過程とも思える。(恭) 

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