◆「別の食品で節約」「安い店探す」
29日昼、東京都中央区の「フジマート月島店」。売り場に並ぶ新米は、どれも5キロ当たり税込み3000円を超えている。 近くに住む三瓶法子さん(77)は「お米は高くても主食。味の質は落としたくない」と嘆いた。「別の食品で工夫している。肉はここ、野菜はいつ、という具合にあちこち巡る」。「29の日」にちなんだ他店の特売で買った豚の切り落とし肉を「フードプロセッサーで自分でひき肉にする。これも節約」と話した。価格高騰しているコメが並ぶ食料品売り場=東京都中央区のフジマート月島店で(七森祐也撮影)
「とにかく安い店を見つけるだけだ」と話すのは、整体師・芦田(あしだ)光さん(62)。仕事で他県を訪れた際に購入しているといい、「地方のほうが安いので。輸出向けのコメは増産と聞くが、一般消費に回せないのか」と疑問を口にした。 同店の責任者の佐藤雄三さん(39)によると、コメが消えて「米騒動」が叫ばれたこの夏、「お米は置いていますか」という電話が頻発し、地元住民以外の来店も急増したという。「今のところは、値上がりの影響よりも、『買えるなら』という安心感のほうが勝っている。仕入れ値も上がっているが、競合店が多く、あまり高値を付けられない。お客さんがなじめるのか見極めたい」 池袋駅東口近くの大衆居酒屋「暁」では、男性店長(38)が「一般家庭ではせいぜい月数十キロの消費だろうけど、外食業にとっては致命的だ。特に、安さが売りの大衆店ではどうしようもない」とこぼす。700円台、ご飯おかわり自由のランチを続けてきたが、「現状維持で踏ん張るのももはや限界」という。◆前年比6割上昇は過去最大の上り幅
9月以降、スーパー店頭に新米が出回っても、価格は高止まりしている。総務省が発表した10月の東京都区部の消費者物価指数で、コメ類は前年同月比で62.3%の上昇となり、比較可能な1971年以降で過去最大の上がり幅だった。生産コストの増加が価格に転嫁されたという。コメの価格高騰について話すフジマート月島店の佐藤雄三さん(七森祐也撮影)
コメの生産量、作付面積はともに減少の一途をたどる。元農水官僚でキヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹によると、今秋の新米は需要を先食いしており、来夏の端境期もコメ不足が深刻化し、高騰する可能性があるという。「生産量を減らすことで米価を調整する、今の生産者保護の政策では、需要に対し供給が不足しても手の打ちようがない。供給量が減れば、そのまま価格に転嫁される」 国による生産調整(減反)は2018年に廃止されたが、政府はコメ需要を毎年10万トン減と見通し、水田を畑に転換した農家への補助金制度などを維持してきた。山下氏は事実上の減反政策として、「予想された以上の高騰が続く。今こそ減反をやめて、米価を下げることが重要では。国民の負担は減り、価格が下がれば輸出増も実現できる」と提案する。◆個人農家は15年間で半減、50歳以下は1割と高齢化
コメを生産する農家の状況も厳しい。農林水産省のデータでは、水稲の作付けを行う農業経営体のうち、個人経営は2005年に140万戸だったのが、2020年は70万戸弱と半減した。個人経営は経営体の大半を占め、年齢構成をみても50歳以下が11.3%と高齢化が顕著となっている。 農家は現在の価格高騰をどうみるのか。「価格が上がったことに安堵(あんど)している。いままで新型コロナの影響で価格が低すぎた」。農民運動全国連合会(農民連)の副会長を務め、千葉県栄町で稲作農家をしている小倉毅さん(64)がこう話す。収穫期を迎えた水田(資料写真)
ただ農水省の農業経営統計によると、水田で稲作を行う農家の収益から経費を差し引いた農業所得の平均は2021、22年と2年続けて年間1万円。「農家の規模による差は大きいが、時給にすると10円。来年もコメが不足するはずで、作付面積を増やせば価格が暴落する。高齢化が進み、資材や光熱費は上がる一方でこの乱高下は耐えられない」と利益の出ない現状を嘆く。◆石破首相は輸出拡大を示唆
国はどうコメ政策を進めてきたか。「令和の米騒動」前の今年6月、成立したのが改正食料・農業・農村基本法だ。食料安全保障の確保を基本理念に位置付け、条文で「水田の汎用(はんよう)化及び畑地化」を明記した。 2022年度の日本の食料自給率(カロリー換算)は38%にとどまり、輸入に頼る状況だ。今回の衆院選で自民党はコメの安定供給に向け、水田関連の予算を「責任を持って恒久的に確保する」と主張。石破茂首相は「日本のコメを食べたい人は世界にいくらでもいる」と強調し、輸出拡大に取り組む姿勢を示した。石破首相
これまでの政府のコメ政策について宮城大の大泉一貫名誉教授(農業経営学)は「今年のコメの価格高騰は起こるべくして起きた。国内の需要減だけを見て縮小均衡を進めてきたことで、気候変動などのリスクに対応できなくなっている」と指摘する。政府の基本政策である「米価維持」が、高齢化する稲作農家の競争力を奪ってきたとして、「価格高騰が続けば消費が減り、生産がさらに減る負の連鎖。国内需要主義から脱却し、国際的な需要に目を向けるべきだ」と述べる。◆「農も食も軍事体制に組み込まれようとしている」
農業ジャーナリストの大野和興氏は「基本法の改正で、政府はコメの価格を市場に任せる方針を示した。その一方で価格形成の透明性が失われている。家庭とつながる米屋がなくなり、多くの消費者がスーパーマーケットでコメを買うようになった。卸業者も数が減り、一種の寡占状態となっている」と流通構造の問題点を挙げ、「生産者と消費者にとって適正な価格に結び付ける制度設計への議論が必要だ」と呼びかける。 基本法改正と合わせ、凶作や有事で食料危機に陥ったときに政府が農家などに増産を指示することができる「食料供給困難事態対策法」も成立した。国会での一連の法案審議で、坂本哲志農水相(当時)は「平時の施策を充実させた上で生産基盤を強化し、過度な輸入依存からの脱却により、食料供給困難事態を未然に防ぐ」と強調。食料の供給不足の際、国家が生産から販売まで管理することが可能になった。 内向きの「食料安保」が強調される現状に、大野氏は危機感を覚える。「集団的自衛権や敵基地攻撃能力の保有などが議論される中で、農も食も軍事体制に組み込まれようとしている」。気候変動やウクライナ侵攻などで、世界各地の農業が影響を受けているとし、こう訴える。「一国だけを見て食料自給率や安全を強調することがいいのか。やるべきなのは食の囲い込みではなく、人権を考え、飢餓や紛争への道を回避する『食の民主主義』のための努力ではないか」◆デスクメモ
「勤労市民の命や健康、環境を守ることが農業の本分」。昨年亡くなった農民詩人の星寛治さんの言葉だ。有機農業の先駆者ながら「海外の富裕層のために作物を作っていない」と新自由主義的な農政を批判した。土地に根差し誇り高く生きる人たちに都市部の消費者は支えられてきた。(恭) 鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。