川崎市内の保育園の不適切保育を内部告発した40代女性が、園側から「刑事告発を行う」と脅され、退職を余儀なくされたとして、運営する社会福祉法人「虹の会」(同市高津区)に損害賠償423万円などを求める訴訟を、横浜地裁川崎支部に起こしたことが分かった。女性は「不適切保育を前に、悩んでいる保育士はたくさんいるはず」と話し、内部告発した人が守られる環境を求めている。(竹谷直子)

◆被害園児の保護者に防犯カメラの映像を提供

 訴状などによると、女性は2023年4月から、1歳児クラスを担当。同じクラスを担当するベテラン保育士が同年6月下旬ころから、園児の手を強く引っ張ったり室内に園児を1人で置き去りにしたりしていたことに、危機感を覚えた。園長らがこれらの行為を注意しなかったため、同年9月に被害園児の保護者らに防犯カメラの映像を提供し、保護者が同市に相談。同市が不適切保育を確認し指導をした。

内部告発により、保育園を退職せざるを得なくなった女性=東京都港区で

 女性は、不当な扱いを警戒し、代理人弁護士を立てた上で内部告発したが、保育園の幹部が職員会議で「(告発で)業務が滞り、支障が出ている」などと非難。偽計業務妨害での刑事告発や損害賠償請求を検討していることを女性を含めた出席者全員の前で発言した。  女性は「幹部が『こんなこと(内部告発)をして許されない』とみんなをあおり、空気が一変した。同僚から怒鳴られたり、無視されたりされ、怒りよりもショックだった」と振り返る。「園からの脅しを何度も思い出し、今でも怖くて立ち直れない」と明かす。  福祉法人の担当者は、当時の園児への対応や訴訟に関する本紙の取材に「いずれの質問についても訴訟継続中につき、回答しかねる」とした。   公益通報に詳しい淑徳大学の日野勝吾教授(労働法)の話 園側が刑事告発や損害賠償をほのめかしたのは、内部告発を封じるやり方だ。不適切保育は、保育士さんが内部告発の形で声を出したから発覚した。構図としては公益通報で、通報を理由としての損害賠償は法律で禁じられている。内部告発者のはしごを外すというのは、法の趣旨からしてもあってはいけない。   ◇  ◇

◆解雇も降格もできないはずなのに、現状は?

 通報者への不利益な扱いや「犯人捜し」を禁じる公益通報者保護法の趣旨に反しかねない事態は相次いでいる。制度の機能不全が明らかになる中、消費者庁は今年5月、制度の見直しに向けた有識者検討会を設置。企業などが不正の通報者を不利益扱いした場合、罰則を設けるなどの対策強化を検討中だ。  公益通報は、勤め先の企業や官庁の不正を組織内の通報窓口や監督する行政機関、報道機関に通報すること。公益通報を理由とした解雇は無効となり、降格や減給も禁止されている。  しかし、兵庫県の斎藤元彦前知事のパワハラ疑惑などを内部告発した問題では、告発した県幹部の男性は県の内部調査で特定されて停職3カ月の懲戒処分を受け、その後に死亡した。民間企業でも似た問題は相次いでおり、保険金不正請求問題が起きたビッグモーター(当時)は内部告発をもみ消したとされる。  消費者庁が昨年実施したアンケートによると、法令違反などを相談・通報した人の約3割が「後悔している」「良かったこともあれば、後悔したこともある」と答えた。その理由(複数回答)として「不正に関する調査や是正が行われなかった」(57%)、「不利益な取り扱いを受けた」(42%)などが挙がった。  この調査結果を受け、専門家からは「声を出して不利益を受けてしまうと通報の萎縮につながる。罰則があった方がいい」などの意見が出ている。消費者庁の検討会は年内に意見をまとめる予定で、来年の通常国会での法改正も視野に検討を進めている。(竹谷直子) 

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