ジャーナリスト伊藤詩織さん(35)が制作したドキュメンタリー映画「Black Box Diaries」に、当事者の許諾を得ぬまま音声や動画が使われていると、伊藤さんが性被害による損害賠償を求めた訴訟で代理人を務めた弁護士らが21日、東京都内で記者会見し公表した。「取材源の秘匿が守られておらず、人権上問題がある」と、伊藤さんに許諾を得て再編集するよう求めている。(望月衣塑子、写真も)

◆監視カメラ映像や証言・捜査の音声を無断使用

 会見したのは、伊藤さんの訴訟で代理人を務めた西広陽子弁護士と加城(かじょう)千波弁護士、2人の代理人の佃克彦弁護士。

「許諾を得た上で編集をし直してほしい」と話す西広陽子弁護士(右)と佃克彦弁護士

 佃弁護士によると、映画には、伊藤さんが元テレビ局記者から性加害を受けたと訴えたホテルの監視カメラの映像の他、伊藤さんと元記者2人が乗ったタクシー運転手の姿や証言、捜査に関わった刑事や西広弁護士らとの会話が、無断で使われているという。  2021年12月、伊藤さんから映画化の相談があり、西広弁護士らは公表してはいけない内容を使わないよう「必ず上映前に確認させてほしい」と要望し、伊藤さんは了承した。

◆「泣き寝入りしないために声をあげた人が、なぜ」

 だが、2023年12月、米国の映画祭で上映されると報道で知り、伊藤さんに「ホテルが訴訟で提供してくれた動画を勝手に映画で使うのは、誓約違反になる。承諾を得る必要がある」と伝えた。翌年1月に配給会社「スターサンズ」(東京)から「カメラ映像を使用しない方向で検討中」と連絡があったものの、7月のメディア向け上映会で動画や音声の無断使用が判明した。  西広弁護士は「伊藤さんは、泣き寝入りしないために声をあげたはずなのに、声を上げた人が泣き寝入りを強いることをしている。彼女なりの『正義』の表し方なのだと思うが、一弁護士として見過ごせない。ペンも暴力になるが、映像や音声も暴力になる。私との会話が無断で録画されている映像を目にし、ただ大きなむなしさだけが心に残った。これ以上失望する人を出さないでほしい」と訴えた。

記者会見した西広陽子弁護士(右)と代理人の佃克彦弁護士

 一方で、「彼女は性被害者で事件は真実。この話と裁判は別問題で性被害への誹謗(ひぼう)中傷はやめてほしい」と憔悴(しょうすい)しきった表情で語った。  伊藤さんが元テレビ局記者に損害賠償を求めた訴訟は2022年7月、元記者が同意なく性行為に及んだと認定して約332万円の賠償を命じた判決が確定した。    ◇

◆伊藤詩織さん「日米両国の法務確認は通っている」

 伊藤詩織さんは21日、弁護士らの会見前に東京新聞の電話取材に応じ、ホテルの監視カメラ映像について「そのまま使ったのではなく、壁やインテリアなどCG処理したものを映画でも試写でも出した」と弁明した。  刑事や西広弁護士との音声は「声は変えた」とし、刑事とは連絡が取れず、西広弁護士とは撮影の承諾書を取り「米国と日本でのリーガルチェック(法務確認)は受け通っている」と説明した。タクシー運転手については「実家とも連絡が取れず、亡くなったのでは」と話した。  伊藤さんの代理人の喜田村洋一弁護士は取材に「ホテルの動画については伊藤さんの話を聞いているが、他の点についてはまだ聞いていない。まとめて回答する」と話した。  多くのドキュメンタリーを手がけてきた映画監督で作家の森達也さんの話 情報源を守るという原則はジャーナリズムもドキュメンタリーも同じ。もちろんドキュメンタリーはぎりぎりを狙う。弁護士らの会見内容が事実ならば、明らかにぎりぎりを逸脱している。今からでも修正すべきだ。    ◇

◆性暴力被害を訴えた記録映画、海外で既に公開し受賞も

 「Black Box Diaries」は、2017年に伊藤詩織さんが元テレビ局記者からの性暴力被害を訴えた記者会見後の経験を記録したドキュメンタリー映画。伊藤さんが監督として制作し、上映時間は109分。米国では10月下旬から公開予定で、日本での公開は未定。  作品は1月、独立系映画を対象とした米国のサンダンス映画祭で国際長編ドキュメンタリーコンペティション部門に正式出品。10月にはスイスであったチューリヒ映画祭で、最優秀ドキュメンタリー賞と観客賞の2部門を受賞した。  制作した「スターサンズ」は、映画プロデューサー河村光庸(みつのぶ)さん(2022年6月に72歳で死去)が設立。東京新聞社会部の望月衣塑子記者の同名著作を原案とした「新聞記者」の制作や、相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害された事件に着想を得た作家辺見庸さんの小説「月」の映画化を手がけた。(小川慎一) 

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