◆世界のトップ
受賞者2人に先立ち、日本で特に重要な成果を残したのは、理化学研究所栄誉研究員の甘利俊一さん(88)と、電気通信大特別栄誉教授の福島邦彦さん(88)です。甘利俊一 理化学研究所栄誉研究員
甘利さんは1967年、現在のニューラルネットワークにつながる「確率的勾配降下法」と呼ばれる学習法を考案。72年には「連想記憶」を可能にする数理モデルを発表しました。福島さんは79年、多層からなる神経回路モデル「ネオコグニトロン」を開発しました。 甘利さんは、連想記憶のモデルに関して「数式で書けば、ホップフィールド氏のモデルと同じ。研究者の中には『甘利-ホップフィールドのモデル』と呼ぶべきだという人もいた」と明かします。 AI研究は50年代後半に一つの分野として確立されました。ただ、計算機の処理能力が壁になるなどし「ブーム」の後には「冬の時代」が訪れるサイクルを繰り返し、現在は2000年代半ばから続く第3次ブームの渦中にあります。甘利さんは「1960~70年代を通じて、日本のAI研究は世界のトップを走っていた」と振り返ります。 一方、世界的に見ると70年代は最初の冬の時代でした。そのため成果はすぐには発展につながらなかった側面があったといいます。甘利さんは「ノーベル賞が2人に贈られることは大変喜ばしい」とした上で、自身の業績については「面白いアイデアを出したが、その後のことは自分がやることではないと考えていた。今にして思えば考えが狭過ぎた。『実学』まで考慮に入れて世界をリードしなければいけなかった」と語ります。福島邦彦 電気通信大特別栄誉教授
福島さんは大学卒業後、NHKに入局。NHK放送科学基礎研究所(現・放送技術研究所)で脳の情報処理の仕組みを探る研究に取り組みました。ネオコグニトロンは75年に発表した学習モデルを改良したものです。 ネオコグニトロンでは、最初の層で入力された文字や図形の部分的な特徴を抽出し、さらに2層目以降では読み取る範囲を広げていきます。この作業を繰り返し、文字などのパターンを認識する仕組みです。今のAIの画像認識などに使われており、福島さんは「深層学習の父」とも呼ばれています。 ノーベル物理学賞の選考委員会がまとめた発表資料の文中で、画像認識などに使われているニューラルネットワークは「ネオコグニトロンにルーツがある」と紹介されました。開発者として名前も記され、高い評価を受けたことに対し、福島さんは「ありがたいことです。AI分野に光があたることはいいこと」と喜びを語りました。 AIを活用した科学研究に取り組む岡田真人・東京大教授は「今回の物理学賞は、研究実績の『波及効果』を評価した選考になったといえる。研究の源流に着目すれば甘利先生、福島先生が選ばれてもまったくおかしくなかった」と解説します。◆警鐘
AIは社会に大きな変革をもたらす一方で、偽の画像の氾濫や軍事転用などへの懸念も強まっています。 甘利さんは「うまく使えばものすごい役に立つが、非常に危険な技術でもある。上手に身構えないと逆にAIに使われ、人間が思考力を失いかねない。人類社会は、AIをどう使っていくのかを考える非常に大事な時期にきている」と訴えます。 福島さんは「生物の脳に学ぼうという立場で研究を進めてきた。現在のAIは、その方向から離れていく感じがある」と指摘。この方向がさらに進めば、制御できなくなる恐れが強まるとし「脳に学ぶ立場から研究が進んでいってほしい」と話しました。<あまり・しゅんいち> 1936年東京生まれ。東京大工学部卒、同大大学院数物系研究科博士課程修了。工学博士。東大教授などを経て2003年、理化学研究所(理研)脳科学総合研究センター長。現在は理研栄誉研究員、東大名誉教授、帝京大特任教授。12年文化功労者、19年文化勲章。
<ふくしま・くにひこ> 1936年台湾生まれ。京都大工学部を卒業後、58年にNHK入局、放送科学基礎研究所などで研究に取り組み、89年大阪大教授、99年電気通信大教授。現在はファジィシステム研究所特別研究員、電通大特別栄誉教授。工学博士。21年米フランクリン協会・バウワー賞を受賞。
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