絵本「ぐりとぐら」シリーズなどで知られる、児童文学作家の中川李枝子さんが亡くなりました。家族について語った中川さんのインタビューを掲載します。中川さんのご冥福をお祈り申し上げます。(初出は2000年9月17日東京新聞朝刊。年齢などは当時)

【家族のこと話そう】

 「ぐりとぐら」「そらいろのたね」など、世代を超えて読みつがれている絵本や童話を数多く創作してきた中川李枝子さん。実の妹の山脇百合子さんが挿絵を描くという、四十年来の名コンビが育ったのはどんな家庭だったのか。  私は5人きょうだいで、姉と弟、その下に百合子ともう1人妹がいます。私が生まれたとき、父はまだ、北大農学部の研究室で助手をしていてね。後に蚕糸試験場に勤めたので家族で東京に移りました。父は家庭を大事にする人でね。威厳があったけれど、よく母を手伝っていましたし、子どもの面倒もよくみて、遊んでくれました。

「ぐりとぐら」の誕生秘話などについて話す絵本作家の中川李枝子さん

 というのも、父が学生時代、下宿していたのが、非行少年たちを預かって自分の子どもといっしょに育てていた教育者のお宅でね。人間にとって家庭が一番もとになるところだという思想を受け継いだのでしょう。家庭の温かさ、楽しさを普通のお父さん以上に大切にしたのではないかと思うの。母もその先生の講演を聴いて共鳴し、家を訪ねていった縁で、結婚したそうよ。  だから両親そろって、家庭というものの考え方に一つ筋が通っていたのね。情操教育が人間にとって一番大事だという主義で、何でも情操教育の場にしたのよ。子どもの周りにはよい物を置く。本でも絵でも音楽でも、最善の物を置くように心掛けていた。  草取りや母の手伝い、お客さんを招いて母のささやかな手料理で食事をするのも情操教育。決してぜいたくではないのよ。父は自分のことを貧乏学者って言っていたし、現にお金もなかったし。  でも不思議と本はたくさんあったわね。漱石とか志賀直哉とか全部そろっていた。昔の人は、たとえ食べ物や着る物は削ってでも本を読んだでしょう。こつこつと買ったものが家のあちこちにたまっていたのね。きょうだいみんな、本は好きでよく読んでいましたよ。

◆本は家族共通の話題

 いくら本が好きでも「くだらないものを読むな。読むくらいなら草取りをした方が情操上役に立つ」と父は言うのね。母は「賢い女が出てこない」と感傷的な少女小説を嫌っていた。その代わり、岩波少年文庫とか、子どもたちが面白いと話題にする本は、いつのまにか母も読んでいました。本の話は家族みんなが通じたわね。  本を取り合ったり、きょうだいげんかはよくしました。でも、母は「きょうだい仲良くが一番の善」と思っていたし、父は「骨肉の争いほど醜いものはない」という考えだったから、けんかは隠れてしたものね。母は「子どもはそれぞれ一人っ子のように育てたい」と言っていました。姉と母、妹と母と、それぞれ違う関係だったんじゃないかと思います。姉だから妹だからという扱いもしなかったし、比べたりしなかった。一つ屋根の下にいながら、姉や妹たちには親とどういう葛藤(かっとう)があったか、私は知らないのよ。  戦中戦後の困難な時代だったけど、親は必死で家庭を築き、守ってきたんだろうなあと思いますね。物がなくても楽しかったし、おかげできょうだい仲良く、曲がらずに育ちましたね。

◆喜ぶ園児励みに創作

 本の影響を受けて20歳で保育園に勤めました。子どもたちと毎日いかに楽しく遊ぶかばかり考えて面白かったわね。  絵本をたくさん読んだのもお話を考えるのもその一環。目の前にいるかわいい子どもたちをいかに喜ばせるか、それだけを励みに創作してきました。息子も同じ保育園で一緒に育てたんですよ。  初めて書いた「いやいやえん」を同人誌に発表するとき、挿絵をどうしようっていうことになって、当時、高校生で絵が好きだった百合子にチョコレート1枚で頼んだのよ。もちろん、百合子にとっても初めての作品。以来、運良くコンビが続いていますが、それを特別意識することは、父母にはないようでした。個々の人間ですからね。  父母はもう亡くなりましたが、情操教育も「家庭が大事」という考えも、私の肥やしになっています。

「ぐりとぐら」誕生秘話を語った記事はこちら

【追悼】児童文学作家・中川李枝子さん 保育園の先生から子どもたちへプレゼント 「ぐりとぐら」誕生秘話


中川李枝子(なかがわ・りえこ) 1935年、札幌生まれ。童話作家。55年、東京都立高等保母学院卒業後、70年まで保育園に勤務。62年に童話集「いやいやえん」(福音館書店)で厚生大臣賞など各賞受賞。「かえるのエルタ」「らいおんみどりの日ようび」「ぐりとぐら」シリーズなど、ロングセラー多数。今年3月、同シリーズで13年ぶりの新作「ぐりとぐらとすみれちゃん」を出版。「ももいろのきりん」(以上、同)など、夫で画家の中川宗弥さんが挿絵を描いた作品も多い。長男の中川画太さんも画家。東京都世田谷区在住。64歳。



鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。